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〔公明党〕憲法9条で内部分裂?自民党はなぜ改憲したいの?平和の本質って?

憲法9条をきっかけに、公明党が信用できない人、最近増えてませんか?

勿論、公明党内で、退転者や反逆者、不祥事を起こす人間は過去にはいたし、これからも出るでしょう。

というより権力やお金を握ったほうが人間はおかしくなりやすいので、当然と言えば当然のことです。

ただ、個別に議員の誰がおかしいとかおかしかった、とかで信用できなくなる、感情的な話ではなく、恒久平和の憲法9条を改正するといってるもんだから、理論として公明党おかしいんじゃないか?と疑われているわけです。

そこを知るにはまず、安倍首相が何を訴えているのかを知る必要があります。

自衛隊と安倍首相

安倍首相は、2020年までに憲法9条を改正して自衛隊の存在を明文化する、その中身としては、自衛隊を合憲化する為に9条の1項、2項を残してその上で自衛隊の記述を書き加えること、を実行しようとしています。

『政府の立場では自衛隊は合憲である、しかし憲法学者の7~8割が違憲とし、教科書にも記されている、だからこそそれを変えていくのが私たち世代の責任です』

『自衛隊の諸君が命をかけて国を守り、災害救助に当たる。にも関わらず、それが違憲な存在であることが異常である。その議論の余地をなくしてしまおう、誰から見ても合憲だという改正をしようという提案である』

安倍首相はこのような考えのもと、改正を目指しています。

 

合憲違憲の解釈

しかし9条2項には『陸海空軍その他の戦力は保持しない』『国の交戦権は認めない』との記述があり、自衛隊を合憲化(自衛隊の記述を書き加える)すると、矛盾が固定化してしまいます。

戦力は保持しないのに自衛隊はある、交戦権はないのに自衛戦はする。

憲法9条は、そもそも自衛権を放棄したニュアンスの内容なのです。これが自衛隊の存在自体が違憲と言われる所以ゆえんです。

結局解釈の問題にゆだねられて、自衛隊は戦力ではない、自衛隊の交戦権はない、と矛盾を矛盾としない解釈を生むのです。

憲法を変えたところで、実体として自衛隊はなにも変わらない。果たす役割、機能もそのまま。憲法改正の緊急性も必要性もそもそもありません。

ただ、日本国防衛実力組織ぼうえいじつりょくそしきの自衛隊が、憲法にないことを異常、として改正を訴える。自衛隊は平和国家の象徴、平和の祈りを背負った存在意義、なのに憲法学者から違憲状態であると言われてしまう。

これが“きにくわない”のが安倍首相なのです。

神道政治連盟

神道政治連盟国会議員懇談会、この組織には300人以上の国会議員が加盟しています。

安倍内閣には“宗教イデオロギー”の存在がはっきりと存在しています。それは神社本庁を母体とする『神道政治連盟』です。

現在、この神政連しんせいれん(神道政治連盟)は永田町に大きな影響力を持つようになっています。第3次安倍内閣においては大臣20人中19人が神道議連しんとうぎれん(神道政治連盟国会議員懇談会)の所属メンバーです。

唯一の例外は公明党の石井国交相。

つまり現在の安倍政権は神道イデオロギーに覆われているのです。

神政連は全国8万の神社を傘下に置く包括宗教法人『神社本庁』が母体。

神政連の主張は

  • 誇りの持てる新憲法の制定
  • 靖国の英霊に対する国家儀礼の確立
  • 東京裁判の否定
  • 夫婦別姓反対

などなど。安倍政権、および現自民党のイデオロギーとほぼ一致しています。

それもそのはず、安倍首相は自身が若手のころから神道議連に所属し、事務局長を経て現在は会長を務めています。

神道議連会長・安倍晋三。名実ともに神道のトップなのです。

毎年地道に都内のホテルで総会を開き、手塩にかけて神道議連を育て、300人を超える国会議員が所属する。

現在の自民党はほぼ、神道なのです。

この読者の学会員の方は初詣は行かないでしょうから、知らないと思いますが、とある神社の境内には『憲法は私たちのもの』と書かれていたりします。

違いますよね?憲法は神道のものではありません。日本国民の民衆ひとりひとりのものです。

GHQに押し付けられた憲法を今こそ変える。と言っています。自衛隊が違憲状態であることを受け入れられないのも、こういった神道のプライドなのです。

神道のイデオロギーと神道のプライドの為に憲法改正をする、みなさんはどう思いますか?

この8万の神社、神職者2万人と神道信者の巨大ネットワークは戦後もいまだに残っていて、その残り火が徐々に大火となって再びやってきているのが、現代なのです。

 

公明党の立場

公明党は『憲法9条1項、2項は、憲法の平和主義を体現するもので、今後とも堅持します』と言っています。

また、『憲法も法規範である以上、新しい時代に対応した改正があってしかるべきと考えます。憲法の施行時には想定できなかった新しい価値観や、憲法改正により解決すべき課題が明らかになれば、公明党は、現憲法を維持した上で、必要な規定を付け加える形の「加憲」という方法を主張しています。』とも言っています。

こう言っているので、加憲かけんでの自衛隊明文化はあっても、逆に改正での自衛隊明文化は可能性が低いのではないでしょうか?

ただ、違憲状態であっても、自衛隊は物資救援や災害援助ができるのでやはり憲法改正も加憲も、そもそも必要があるとは感じにくいです。

そのような“疑い”から発生してきたのが学会員による『ママデモ』『ひとりの学会員』です。この『ひとりの学会員』はメディアでも取り上げられていましたね。9,177筆の署名を集めて公明党本部前で4日間、山口代表を待っていた男性です。

しかし、敵は公明党ではないのです。神政連は憲法改正にもはや700万の署名を集めています。

ましてや大臣20人中たった1人の公明党にたった9千の署名を渡すことで、憲法改正を阻止できるわけがありません。

世論調査で、政党支持率が1.2ポイントもマイナスとなった公明党。背景には、安保法制に反対する創価学会員の存在。学会内で、公明党内で『うちわもめ』をしている場合ではないのです。相手は巨大な『神道』なのですから。しかして沖縄の玉城デニーの件もしかり、公明党不信は強くなる一方です。

平和の本質

ここで考えてもらいたいのは、平和の本質とは?ということです。

憲法改正でしょうか?憲法堅持でしょうか?法律でしょうか?違うはずです。

ひとりひとりの境涯を変えること、です。

小説人間革命にも『一人の人間における偉大な人間革命は、やがて一国の宿命の転換をも成し遂げ、さらに全人類の宿命の転換をも可能にする』と明確に記されています。

仏法は王法を越えます。所詮法律であり、所詮憲法なのです。

大聖人はこの身王法に縛られども、心は何ものも束縛できないと、言い切っています。

仮に自分が軍国主義の日本に生まれても、戦乱の世に生まれたとしても、武器を持たず、戦闘しないことを選択していく境涯を獲得していくことが、最も幸福なことなのではないでしょうか?

なかんずく、ひとりひとりが “熱原の法難” の民のごとく、自らの命をもって正義を示すのが大境涯であるはずです。

仮に最悪、憲法改正がされ、戦争が現実に起き、徴兵制が施行され、『戦闘しなければならない』状態に陥ったとしても、それでも “従わなければいいだけのこと” です。

そのとき多くの人が大境涯を開き、殉教の覚悟でみなで武器を持たず、誰も戦わなければ、戦争が成り立ちません。

どの時代に生まれてもそのような覚悟と大境涯をひらけばいいだけのことなのです。

熱原の民でさえ、命がけでNOを示して正義を訴えました。

憲法も法律も使う人間の境涯で決まります。今、私たちができることは、デモではなく、折伏なのではないでしょうか?

憲法改正の署名をあつめているような神政連、神道議連、神社本庁の関連者、これら巨大ネットワーク、こういった相手をひとりひとり折伏していくことが、結果的に神道関連の従事者を減らし、神道系国会議員も減らし、改憲も阻止する流れを作るのではないでしょうか?

そしてデモをする方々の心は立派だと思いますが、

本当に、本当に憲法の改正が多くの命を奪う確信があるのなら、それを訴える側の人間も命をかけるべきなのでは?と思っています。

公明党本部の前で抗議するにしても、飲まず食わずでそのまま殉教するつもりでやるべきでしょう。“命”にかかわる憲法(正義)ならば、己の命をかけてみよ、それができない中途半端な覚悟なら、ただのキャンペーンにすぎないのではないか?

牧口先生は軍事国家に異を唱えて殉教しましたよね?

4日程度で退散する生半可な覚悟でやるべきこととは思えないのです。

ワンピースがわからない人には申し訳ないですが、構図としてはイム様が安倍首相、五老星が安倍内閣、世界政府が自民党、そしてDの一族が国家神道に仇なす公明党・創価学会。世界政府に入り込んでいるシャンクスははたして神道なのか、創価学会なのか?

青年は心して政治を監視せよ。

まさに今がその時です。改正なのか?加憲なのか?同行はよくみておくべきでしょう。

そしてなにより先生の作った組織なら、まず前提として信じるところから始めるべきでしょう。おかしくならないように祈ってもおきましょう。

なぜ与党を辞めないか?

シンプルです。法律を整備する側であり続けることが重要だから、なのではと考えます。

『政教分離』の“解釈”を変えられては困る、とか宗教法人の制度の変更とか、はたまた信教の自由すら加憲でいじられて(神道崇拝寄りへ)は困るわけです。

安倍神道自民党が憲法改正を掲げても、国民投票の制度を少しずついじる(憲法改正しにくく)だとか、公明党がいるからこそ、いまだに抑止できているのではないでしょうか?

公明党が野党落ちして力を失えば、神道の好き放題な時代がやってきます。これは無責任です。

公明党は待っているのではないでしょうか?学会員ひとりひとり、国民ひとりひとりが戦うべき相手、思想がなんなのかに気付くことを。

 

新・人間革命13巻に

核も、基地もない、平和で豊かな沖縄になってこそ本土復帰である—それが、沖縄の人々の思いであり、また、伸一の信念であった。

ゴールはここです。

憲法9条の騒動はこのゴールに近づくための過程なのかもしれません。

憲法加憲で国防においてアメリカから独立することが可能なら、それによって基地が撤退されていく、沖縄の真の本土復帰はむしろ加憲にあるのかもしれない、凡夫の我々にはそれが “見えていない” だけなのかもしれません。

沖縄に基地がなくなり、安保理からの解放、国防を自立し、神道が衰退する、健全な思想の議員が首相になる。

これが最高のシナリオです。

安直なデモという策でなく、思いやりある祈りと折伏という信心のつるぎで国を、学会を、守っていきたい。先生も、それを望んでいるのではないでしょうか?


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