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【ゲーテ 格言】“この世を平和へ導くには二つの力が必要だ。一つは正義、もう一つは礼儀である”

平和に必要なもの

ゲーテ曰く、平和の為に必要なものに二つの力があります。

一つは正義の力。そしてもう一つは礼儀の力です。

あいさつという礼儀

挨拶あいさつができる人間になりたい。正式に受診していませんが、筆者はおそらくコミュニケーション障害を持っています。

母は統合失調症、筆者はその半分の遺伝子を持っており、実際20代半ばにはうつ病となって向精神薬を服用していました。

人と会うことにストレスを感じます。ストレスに受け取るからストレスになる、頭では解っていても、簡単には変われません

 

生命力があるときは、全てを前向きに捉え、苦痛なくときを過ごせます。ただ、生命力が枯渇こかつしているときは、ただただ苦しみでしかない。

そもそも人に興味が持てない気質、あるいは遺伝を持っているので、人と関わる意思がなく、結果挨拶もしなくなります。

筆者にできることは、挨拶されたら返すことと、会釈をすることくらいです。

あいさつの力

あいさつの力を実感する瞬間は多々あります。

筆者は10代の生命力みなぎっていた頃、『自分から挨拶する人は勝利』と、自分から挨拶をしている時期がありました。

そのときの人間関係はすこぶる良好で、というよりも、仮にうまくいかずとも自分からアクションする姿勢そのものが何かにつけてプラスに作用していたという実感です。

環境にただ身をゆだねるのか、人間関係を構築する責任感を持つのか、主体者であるかどうかの差といったところでしょうか。

挨拶あいさつが活発な地域や学校などは、普段挨拶をしない人でさえ、挨拶をするようになったりします。

 

挨拶をされるのが嬉しくて、自己肯定感が満たされることで自然とあいさつを返してしまう。

朝の挨拶を校門で校長先生自ら行う学校が、心通こころかよう人間関係を構築している例は、割りとよく聞く話です。

ゲーテは正しい。礼儀は間違いなく平和を作ります。

世界平和は誰にでもできる

平和は、何もユニセフたちだけができることではないでしょう。平和は、何もアメリカや国連たちだけができることでもないでしょう。戦争を無くすのは、人間ひとりひとりが成せるものなはずです。

先のゲーテの論を根拠にするならば、礼節豊かな人間、なかんずくさわやかな挨拶をする人間は、平和を構築している人間です。

 

御立派に海外ボランティアに行っておいて、日本に帰国したら近所に挨拶をしないという人物は、ただの欺瞞ぎまん偽善ぎぜんが正体のやからです。

逆なのではないでしょうか?

世界の貧困や紛争に直接手を差し伸べられなくても、縁する人に爽やかに挨拶をすることが、そしてその連鎖と延長線上にある未来が、世界平和だと筆者は信じます。

心を解放する困難さ

とはいえ、心を開くのは怖いです。挨拶をして返してもらえないむなしさが怖いです。何より自分からのアクション神経をすり減らし疲れます

受け身の方が圧倒的にラク。

 

でも、使命感がほしい。

生まれて、迷惑ばかりかけ、多くの動物の命を食らい、自分が生きる為だけに生きてきた、そんな自分でも他者の為になる存在でありたい、世界をほんの少しでも救える存在でありたい、生きる使命感がほしいです。

 

自身に対して、他者に対して、責任感と使命感を自覚して、今はできずとも、少しづつでも、心を解放できる人間になりたい。

 

人の病を治すことは、実は自分の病を治すことに繋がっています。

他者の存在を尊重すること(挨拶)は、つまり自身の存在を尊重していることに繋がっています。

 

自分を大切にする為に、相手に挨拶をする。結果、世界平和の一助となる。そう、信じています。