Oops! It appears that you have disabled your Javascript. In order for you to see this page as it is meant to appear, we ask that you please re-enable your Javascript!

【辛さを乗り越える / 信心】私たち法華経の行者は求羅(ぐら)・苦難に戦いを挑む心とは?

仕事が辛い、人間関係が辛い、病気と薬の症状で生きているだけで辛い、精神的に辛くてどうにもならないときのための励ましの記事です。

私たち法華経の行者は求羅『求羅とは何か?』

求羅ぐらとは、その身はきわめて小さいけれど、風を受けると、その風を食べて非常に大きくなり、一切を飲み込む、空想上の虫をいいます。

日蓮大聖人は、私たち法華経の行者をみな、求羅であると指導されており、その御書を先生が本幹で指導されています。

池田先生の求羅の指導

御書では、「法華経の行者」は「求羅」という虫に譬えられている。「求羅」は、その身はきわめて小さいが、風を受けると、それを食べて非常に大きくなり、一切を飲み込む。想像上の虫とされる。

大聖人は「大風吹けば求羅は倍増するなり」と仰せである。

日々、御書を拝することだ。多忙であっても、もう一度、挑戦していただきたい。御書にふれれば、わが生命が大きく変わる。人生勝利の大確信がわく。

さて、この「求羅」を倍増させる「大風」とは、いったい何か。それは「大難」であると、大聖人は明快に示されている。

法華経の行者は、大難との大闘争があるほど、ますます生命力が増し、福運が増し、勢いが増す一切を人間革命へのエネルギーにして、変毒為薬しながら、自分を大きくしていける。大境涯を開いていける。

だからこそ大聖人は ″いかなる苦難があろうと、いよいよ喜び勇んで戦いぬきなさい  ″難が来たら安楽と思え″ と仰せなのである。

「広宣流布へ戦う心があれば、仏になれる。いくら信心をしていても「戦う心」がなければ、仏になれない。臆病は畜生の生命である

学会は、「戦う心」で走ってきた。だから、世界に発展した。「戦う心」これが、わが創価学会の真髄であり、仏法の魂であると宣言したい。

苦難に戦いを挑む『強さ』

なぜ戦う心がないと、仏になれないのでしょうか?

それは、仏とは、勇気であり強さだからです。

 

仕事が辛い、人間関係が辛い、病気と薬の症状が出てこの瞬間呼吸をしているだけで辛い。現実は苦難だらけです。しかし、

強さとは、戦う心から錬磨されていきます。

御書に、

強敵を伏して始て力士をしる

御書957P

とあるように、己の弱気を唱題で強く強くそして粘り強く、戦い伏していくから精神が鋼のように強くなり、乗り越えていけるのです。

 

とにもかくにも己の中にある弱い心・病魔等をねじ伏せるがごとくの気迫の唱題で挑むべきです。

大丈夫です。私たちは大聖人も先生も仰るように、求羅なのですから。

現状維持という思想自体が弱さ・『辛抱強さ』は最高の武器

以下も池田先生の指導です。

「進まざるは退転」であります。眼前の自分の使命のために勝つことです。断固として勝つことです。「生きる」とは、「戦う」ことです。動物も、植物も、すべて、戦っています。

民主主義も、戦って、戦って、勝ち取るものであります。その断固たる勝利によって、自分自身の生命が、また、自分に連なる一族・眷属が、永遠に成長し、永遠に勝ち栄えていく、厳たる因を刻むことができるのであります。

「辛抱強く」

これが人生の勝利の根本です。
辛抱強い人間には、だれ人も、かなわない。「辛抱強さ」は最高の武器です。

 苦しみのたび強くなり、試練のたびに絆は強固になる

以下続けて先生の指導です。

『法華経を信ずる人は冬のごとし冬は必ず春となる』

スイスの哲学者ヒルティは述べている。

「苦しみは人間を強くするか、それともうち砕くかである。その人が自分のうちに持っている素質に応じて、どちらかになる」と。

苦しみのたび、我らは強くなる。試練のたび、我らの絆は強固になるそして今、全世界同時に地涌の勇者たちが躍動する「世界広布新時代」となった。牧口先生、戸田先生が、どれほど喜んでくださっていることか。

我らの前進は止まらない。世界には、限りなく多くの、この仏法を求めている人がいる。いよいよ共に境涯を開いていくべき人がいる。
御書には、仏法とは、あらゆる差異を超えて、『共に離苦得楽・現当二世の為なり』と示されている

法華経の行者は、離苦得楽とも、必ず春になるとも言われ、そして求羅でもあります。「辛抱強さ」は最高の武器です。

どうか、この言葉を信じて、自分自身に戦いを挑み、境涯を開く励ましとなればとの思いを込めてこの記事の結びと致します。