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方便品寿量品解説①【準備編】

はじめに

私自身が勤行をネットで調べた際、詳しく解説するサイトを見つけられませんでした。本来仏道修行なので本を買って読んでみたり、教学講座に参加したり、つまりお金や時間、労力を使って苦労して得ていくのが筋かと思っています。

ただ、私は人生に行き詰って食事すらまともにとれない、体の自由がきかない、知りたいがどのような書物を買ってよいか選べない、そのような方々にも南無妙法蓮華経のすばらしさや教学の面白さなどを体験してもらいたい旨もあり、このサイトをたちあげております。

手軽に、病気で家に引きこもっていても、通勤電車の中でも、学会二世三世のような書籍が家になくても、スマホひとつで縁できる。考えるきっかけになれる。そのようなサイトを目指し解説をはじめてまいりたいと思います。

 

さて、解説を始めるにあたっていきなり経文本文(妙法蓮華経方便品第二みょうほうれんげきょうほうべんぽんだいに~)を説明してもその周辺を説明する為の基本的な教学用語を知らなければ結果的に理解が難しいかと思いますので、本文解説をはじめる前に教学の基本、周辺知識をおさらいしながら進めていきたいと思います。

方便品寿量品ほうべんぽんじゅりょうほん解説【準備編】』と題して全5回を予定しており、第6回目より本文解説に入ろうかと考えています。

創価学会教学部任用試験にんようしけんレベルから一緒に再確認をしていき、最終的には勤行ごんぎょう(方便品・寿量品・題目)の理解までをイメージして進めてまいります。

青年教学1級程度のレベルの方なら本文解説から入っても大丈夫かと思いますが、訳者羅什三蔵らじゅうさんぞうについて、など、周辺知識を深める意味でもやはりこちらの方便品寿量品解説①【準備編】の記事から読み始めることをオススメ致します。

方便品と寿量品が法華経ほけきょう(妙法蓮華経)の要

まず、法華経をカッコ書きで妙法蓮華経と記載している点ですが、これは中身は同じものです。法華経八巻二十八品はっかんにじゅうはっぽん漢訳かんやくする際に妙法蓮華経と訳した故です。なので妙法蓮華経八巻二十八品ともいい、中身は同じなのです。

その法華経二十八品の中で要であるのが方便品、寿量品であり、このことは日蓮大聖人にちれんだいしょうにん御書ごしょに明らかです。

ことに二十八品の中にすぐれて・めでたきは方便品と寿量品にてはべ

 

月水御書 1,201P

日蓮大聖人御書全集全文検索,SOKAnet,https://www.sokanet.jp/kaiin/gosho_search/page.php?n=1201&gn=&a1=34&a2=61&re=&pl=&c=10&p=1,(引用 2019-1-28) 

と説かれており、朝晩の勤行で方便品寿量品を読経するのはこれが背景となっているのです。

 

法華経こそ釈尊出世の本懐

釈尊の一生涯の全経典を中国の天台大師が、教えのそう(中身)や時期を分けて判別したものに五時八教の教判ごじはっきょうのきょうはんというものがあります。

この教判によりますと、釈尊は19歳で出家、30歳で成道し、さらにその後42年目において説かれた経典が法華経であり、この法華経は8年間に渡り説かれています。

成道後、涅槃ねはん(死)まで50年間でしたので、法華経は生前最後の8年間に説かれたまさに出世の本懐である大事な経典なのです。

 

天台大師の教判からみる釈尊(成道まで)

仏教史からみれば、釈尊は仏教の創始者としての仏ですが、「悟り(信仰内容)」と「時」という側面でみると、末法まっぽう(現代)においては、釈尊は本仏ではなく垂迹の仏、つまり迹仏であり、もう衆生利益りやくする力はなくなっています。

それではなぜ釈尊の仏法が末法の衆生を利益することができないのか?これを知るには、まず、釈尊の生涯と教えの流れを知らなければなりません。その上で日蓮仏法を知っていくことで、時代においての正法しょうほうも理解できると考えます。

ですのでまずは、天台大師の五時八教の教判をもとに釈尊の足跡を簡単におさらいしていきましょう。

釈尊は王族の子で、賢くたくましく、なに不自由のない生活を謳歌する境遇でした。

ある時、城の東門から出たところ、一人の老人に出会い、老人を見た釈尊は「人はやがて老いる」ということを知ります。

またある時は、南門から出たところ、病人と出会い、今度は「人はやがてむ」ということを悟ります。
更には西門から出たところ、釈尊は人の葬列そうれつをみます。このとき「人はやがて死ぬ」ということを悟ったのです。

この世の無常むじょうについて更に深く思いつめるようになった釈尊……もともと思索的な性格であった釈尊に対し父王ちちおうは、クシャトリア階級の王子として世俗せぞくの生活にとどまって欲しいと考えていましたので、美女をはべらせ、にぎやかな音楽を奏でさせ、様々な手を打ちましたが、あまり効果はありませんでした。

かくして、『老い』『病』『死』を知り、深く思いつめる釈尊は、最後、北門から出たとき、修行者と出会い、触発され、人間の苦悩を解決することをついに決意し、出家しゅっけするのです。

以後十二年間、その当時の難行苦行を修めますが、悟りを得ることはできません。

当時の苦行は、長時間の息止め修行や、数日間石に座って断食をするなど、徹底的に肉体を苦しめ、精神力を鍛えるたぐいのものです。

いづれの修行も釈尊は究めきりましたが、このような苦行の末、骨と皮にやせ、人間苦の解決のために行ったはずのものが、結果思索力しさくりょくや生命力を奪い、肝心の思考しこうができなくなってしまうことを知り、苦行は無益むえきと判断し捨てるに至ります。

 

苦行を捨てるとちょうど、スジャータという村娘が牛乳のおかゆをもってきてくれたので、しょくし、眠り、おとろえた肉体を回復させ、懸命に人間苦の問題、自然と人間の関係など、思索をすすめます。

そんなある朝、丑寅うしとら(午前2時~4時)の時刻、突如として悟ります。

人やもののすべてを含む神羅万象しんらばんしょうの真実の姿、諸法実相、そして永遠の生命。このときの悟りを、仏の成道じょうどうといいます。

 

天台大師の教判からみる釈尊(機根の成熟から法華経へ)

成道後、釈尊は胸中の悟りをいかにして衆生に教えようか考え三世十方諸仏しょぶつ教化方きょうけほうを実践し始めます。

その教化方とは、最初に声聞・縁覚・菩薩の三乗への道を教え、衆生の機根が調ととのったところで、法華経を説くという方法。

まず、菩提樹ぼだいじゅで悟った法悦ほうえつの歓喜を、共に修行した五人の友に説きに行きます。

この五人の友はもともと苦行を一緒にやってきた仲間なのですが、釈尊が苦行をすててより、「釈尊は堕落だらくに落ちた」とののしり、牛乳のおかゆを受け取った以降は「もう共に修行はできない」と言い、釈尊の元を去り、別の地に移っていった仲間たちです。

彼らは、釈尊が来たら迎えたり話たりせず、無視しようと一同に申し合わせていましたが、釈尊を見るや、その威徳いとく威厳いげんに圧倒されてしまい、はからずもうやまい迎え入れてしまったのです。

そうして釈尊の説法を聞き、感動し、弟子として修行するようになります。この頃より釈尊は仏として敬われ、尊敬を集めます。

当時のバラモン教の間では、仏の出現が強く求められていて、バラモンの聖人とうたわれる人たちさえ、仏の出現を予言していた時代背景があったので、多くの人がその噂を聞きつけて、釈尊の説法を聞きに集まってくることになりました。

 

釈尊はまず21日間にわたって華厳経を説きます。

華厳経は法華経の次に高い教えの経なので、人々はさっぱり理解できません(受け入れられないし、信じられません)。

華厳経を説き、人々の機根を確認した後、低い教えから徐々に機根を導いていく故、次に小乗教の阿含経あごんきょうを説きます。

その後、ごん大乗経の方等経ほうどうきょう般若経はんにゃきょうと続いて説いていき、これら機根の成熟の為の教えにじつに42年間をついやします。

ようやく人々の知恵、信力などが成熟したのを見て、出世の本懐であるじつ大乗経の法華経を8年間説いたのです。

 

釈尊の法華経と日蓮の法華経

釈尊は、法華経で真実を説き、人々を成仏させることが出世の本懐でした。

それ以前の阿含経あごんきょう方等経ほうどうきょうなどを説いていったのは、あくまでも法華経を説かんが為の方便、かりの教えであったのだと釈尊自身が述べています。

この釈尊の出世の本懐の法華経には、すべての凡夫を仏そのものにさせるという、人間変革の哲学と理論が示され、法華経以外にはその思想をみることができません。

この重要な法が法華経二十八品にどのようにあらわされているのか?要品である方便品、寿量品の概要をみていきましょう。

方便品では、諸法実相しょほうじっそうを悟り、極めたのが仏の知恵であって、仏がこの世に現れた目的は、一切衆生にこの仏知見を開き、示し、悟らせ、入らせることであると、説いています。

一切衆生いっさいしゅじょうの生命には本来、仏の生命、仏の智慧が内在していることを明かし、その証拠として釈尊の弟子である舎利弗迦葉たちの得道を説いています。

寿量品では、釈尊自身が五百塵点劫という昔に成道した事実を明かします。釈尊自身の実体験で、仏になった原理をあらわしているのです。

方便品やそれに続く安楽行品あんらくぎょうほんまでの法華経迹門しゃくもんの経が、理論としての成仏の可能性を示したのに対し、寿量品は、事実のうえから成仏の原理を明らかにしたのです。

とは言っても、まだ寿量品で説いている内容も、釈尊という一個の存在についての事例のみです。

五百塵点劫ごひゃくじんてんごうの昔に、釈尊は何によって仏になることができたのか?

その根本的な方法が明かされなければ、仏になる法が万人のために開かれたとは言えません。残念ながら、釈尊は、どんな方法で仏になったかを明かしはしなかったのです。

この仏になるための根源の法を明かし、その当体をあらわしたのが日蓮大聖人です。法華経二十八品が真に尊いと言えるのは、この根源の法を法華経の文の中に、末法の本仏と衆生の為に、含んでいたからなのです。

法華経は、この日蓮大聖人のあらわされた成仏の根源の法を知って、そこからたちかえって読経した時にはじめて、仏の思想と知恵が、つながってくる、最大のパフォーマンスを発揮できるようになってくるものなのです。

法華経を読み、法華経を学ぶのも、「南無妙法蓮華経とご本尊を受持する立場」つまり末法の正法として万人を成仏させる手段を知っている立場を忘れたならば、まったくもって六根清浄もできず、功徳もなく、ひいては宿命転換も果たせないことを、知らなければならないのです。


次回は法華経を妙法蓮華経と訳した重要人物、鳩摩羅什三蔵法師くまらじゅうさんぞうほうしの人生に触れながら、法華経を妙法蓮華経と訳したことがいかに“信”に値するか、逸話なども交えてすすめて参りたいと思います。

 

方便品寿量品解説 つづきはこちら

方便品寿量品解説②【準備編】

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釈尊(しゃくそん)

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釈尊の意味、以下引用。

シャーキャ族の聖人(釈迦牟尼しゃかむに)。

人々から尊敬される人物の意で、仏教の創始者ゴーダマ・ブッダをさす。
釈尊は古代インドに王子として生まれ、シッダールタと呼ばれた(生誕の地ルンビニーは現在のネパールに位置している)。

若き日、生老病死[しょうろうびょうし]という避けられない人間の苦しみを目の当たりにし、今は青春の真っ只中で健康に生きていても、生老病死は免れがたいことを知り、その根源の苦悩の解決法を探究しようとして出家した。

シッダールタは、万人がうらやむむ、満たされた王子としての境遇にあった。しかし、人々が求める贅沢ぜいたくさもしょせん、はかなく空しいと知り、楽しむことはなかったと回想している。
そこで、釈尊は人間が生きる意味を明らかにする正しい思想・哲学を求めた。しかし、伝統的な教えにも、また同時代の革新的な教えにも満足できず、瞑想修行によって、種々の苦悩の根本原因とその解決について探究した。その結果、一人一人の生命、宇宙を貫く永遠普遍の「法」に目覚めた。それ故、サンスクリットで目覚めた人という意味の「ブッダ」と呼ばれる。後に中国では、これを漢字で「仏」「仏陀ぶっだ」などと表記した。

釈尊は、人々が自己の本来的な尊厳性への無知から、自己中心的な目先の欲望にとらわれ、他の人を不幸に陥れてでも幸せになろうとするエゴイズムにおおわれていると喝破かっぱした。そして、内なる永遠普遍の法に目覚めて根源的な無知(無明)から解放された、自己本来の清浄な生命に立ち返る生き方こそ、人間が人間らしく生きるために必要な最も尊く優れたものであると教えた。
また釈尊は、自己の尊厳性を自覚することによって他者の尊厳性を知り、尊敬することを教えた。これが「慈悲」の基本精神である。

教学用語検索,SOKAnet,https://k-dic.sokanet.jp/釈尊(しゃくそん)/,(引用 2019-1-28)




 

出世の本懐(しゅっせのほんかい)

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出世の本懐の意味、以下引用。

ある人がこの世に出現した真実究極の目的。

 

教学用語検索,SOKAnet,https://k-dic.sokanet.jp/出世の本懐(しゅっせのほんかい)/,(引用 2019-1-28)

 

天台大師(てんだいだいし)

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天台大師の意味、以下引用。

538年~597年。智顗[ちぎ]のこと。

中国の陳・隋にかけて活躍した僧で、中国天台宗の事実上の開祖。智者大師[ちしゃだいし]とたたえられる。

大蘇山にいた南岳大師慧思に師事した。法華経薬王菩薩本事品第23の文によって開悟し、後に天台山に登って円頓止観を覚った。『法華文句』『法華玄義』『摩訶止観』を講述し、これを弟子の章安大師灌頂がまとめた。

これらによって、法華経を宣揚するとともに観心の修行である一念三千の法門を説いた。

存命中に陳の宣帝[せんてい]と後主叔宝[しゅくほう]、隋の文帝[ぶんてい]と煬帝[ようだい](晋王楊広[ようこう])の帰依を受けた。
【薬王・天台・伝教】日蓮大聖人の時代の日本では、薬王菩薩が天台大師として現れ、さらに天台の後身として伝教大師最澄が現れたという説が広く知られていた。大聖人もこの説を踏まえられ、「和漢王代記」では伝教大師を「天台の後身なり」(611㌻)とされている。

 

教学用語検索,SOKAnet,https://k-dic.sokanet.jp/天台大師(てんだいだいし)/,(引用 2019-1-28)




垂迹(すいじゃく)

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垂迹の意味、以下引用。

「迹を垂[た]れる」と読む。

迹は「かげ」の意。仏・菩薩が衆生を利益するために、種々の所にさまざまな身に姿を変えて現れること。

また、その身をいう。

教学用語検索,SOKAnet,https://k-dic.sokanet.jp/垂迹(すいじゃく)/,(引用 2019-1-29)

 

衆生(しゅじょう)

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衆生の意味、以下引用。

サンスクリットのサットヴァの訳。

衆とも有情[うじょう]とも訳す。薩埵[さった]と音写する。

広義には一切の有情(感情・意識をもつもの)をいう。狭義には、無明や煩悩をもって迷いの世界に住む人をさす。

 

教学用語検索,SOKAnet,https://k-dic.sokanet.jp/衆生(しゅじょう)/,(引用 2019-1-30)

 

諸法実相(しょほうじっそう)

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諸法実相の意味、以下引用。

すべての存在・現象の真実、ありのままの姿のこと。

「諸法」とは、この現実世界において、さまざまな様相をとって現れている、すべての現象・物事のこと。

「実相」とは、真実の姿、究極の真理のこと。仏がその広く深い智慧で覚知した万物の真実の姿が、諸法実相である。

この真実を覚知すれば、諸法と実相とが別々のものではなく、諸法はそのまま実相の現れであり、実相もまた決して諸法から離れてあるものではないことがわかる。

教学用語検索,SOKAnet,https://k-dic.sokanet.jp/諸法実相(しょほうじっそう)/,(引用 2019-1-30)




機根(きこん)

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機根の意味、以下引用。

仏教を理解し信じ実践する能力・資質。根機ともいう。

教学用語検索,SOKAnet,https://k-dic.sokanet.jp/機根(きこん)/,(引用 2019-1-31)

 

三世十方(さんぜじっぽう)

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三世十方の意味、以下引用。

過去・現在・未来の三世と、十方というあらゆる方角。

時間的、空間的にすべてであることを意味する。

教学用語検索,SOKAnet,https://k-dic.sokanet.jp/三世十方(さんぜじっぽう)/,(引用 2019-2-1)

 

三乗(さんじょう)

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三乗の意味、以下引用。

声聞乗・縁覚乗・菩薩乗のこと。

それぞれ声聞・縁覚・菩薩の覚りを得るための教え、あるいはそれを実践する修行者のこと。さらに得られた声聞・縁覚・菩薩の境地も意味する。

教学用語検索,SOKAnet,https://k-dic.sokanet.jp/三乗(さんじょう)/,(引用 2019-2-2)

 

華厳経(けごんぎょう)

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華厳経の意味、以下引用。

大方広仏華厳経だいほうこうぶつけごんぎょうの略。

漢訳には、中国・東晋の仏駄跋陀羅ぶっだばっだら訳の六十華厳(旧訳)、唐の実叉難陀じっしゃなんだ訳の八十華厳(新訳)、唐の般若訳の四十華厳の3種がある。

無量の功徳を完成した毘盧遮那仏の荘厳な覚りの世界を示そうとした経典であるが、仏の世界は直接に説くことができないので、菩薩のときの無量の修行(菩薩の五十二位)を説き、間接的に表現している。

 

教学用語検索,SOKAnet,https://k-dic.sokanet.jp/華厳経(けごんぎょう)/,(引用 2019-2-4)




仏知見(ぶっちけん)

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仏知見の意味、以下引用。

仏の智慧・境涯のこと。

教学用語検索,SOKAnet,https://k-dic.sokanet.jp/仏知見(ぶっちけん)/,(引用2019-2-5)

 

舎利弗(しゃりほつ)

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舎利弗の意味、以下引用。

サンスクリットのシャーリプトラの音写。身子、鵞鷺子しゅうろしなどと訳す。釈尊の十大弟子の一人で、智慧第一とされる。

声聞の代表。法華経譬喩品ひゆほん第3では、未来に華光如来けこうにょらいに成ると釈尊から保証された(法華経155㌻)。

【釈尊への帰依】釈尊の弟子となる前、舎利弗は目連もくれん(マウドゥガリヤーヤナ)とともに外道のサンジャヤに師事していたが、釈尊の弟子アッサジに出会い、そこで聞いた釈尊の教えに感銘を受け、目連とともに釈尊に帰依した。その際、サンジャヤの弟子250人も、ともに釈尊に帰依したと伝えられる。

乞眼こつげんのバラモンと舎利弗】『大智度論』巻12に記されている、舎利弗に眼をうたバラモンのこと。

舎利弗が昔、60こうもの間、菩薩道を修し布施行をしていた時、バラモンがやってきて舎利弗に眼を布施することを求めたので、舎利弗は自らの眼を与えたが、バラモンはその眼の臭いを嫌って唾を吐きかけ、地に捨てたうえ足で踏みつけた。これを見た舎利弗は、この輩はとても救い難い、自分さえ生死を脱すればよいと菩薩道を退転し、小乗の考えにしてしまったという。

【釈尊からの責】『止観輔行伝弘決』巻2には『十誦律』をふまえて、次のような話が記されている。ある在家の有力信徒から釈尊の弟子たちが食事の供養を受けた時、舎利弗ら長老などがおいしいものをたっぷり食べ、初心者たちは不十分な食事しかできなかった。

これを羅睺羅らごら(ラーフラ)から聞いた釈尊は、舎利弗に対して不浄な食事をしたと叱責した。舎利弗は食べた物を吐き出し、今後二度と食事の供養を受けないと誓った。日蓮大聖人は「開目抄」(205㌻)で、この話を、法華経が説かれる以前には二乗が不成仏として糾弾されてきたことの傍証とされている。

教学用語検索,SOKAnet,https://k-dic.sokanet.jp/舎利弗(しゃりほつ)/,(引用2019-2-5)




迦葉(かしょう)

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迦葉の意味、以下引用。

サンスクリットのカーシャパの音写。摩訶迦葉のこと。釈尊の声聞の十大弟子の一人で、頭陀(欲望を制する修行)第一といわれた。

釈尊の教団を支え、釈尊滅後の教団の中心となった。釈尊の言行を経典として集成したとされる。また付法蔵の第1として阿難に法を付嘱したと伝えられる。法華経授記品第6では、未来に光明如来こうみょうにょらいに成ると保証された(法華経256㌻)。
鶏足山けいそくせんの入定】摩訶迦葉は釈尊が亡くなった後、正統な後継者となって教えを広めて、阿難にその任を譲った。それ以来、鶏足山で禅定に入って、弥勒菩薩が56億7000万年後にこの娑婆世界に仏として出現するのを待っているとされた。
【禅宗における伝承】大梵天王問仏決疑経(疑経)では、釈尊が霊鷲山で一房の花を手にとって人々に示した際、その意味を誰も理解できないなかで迦葉一人が理解してほほ笑んだとされる(拈華微笑ねんげみしょう)。この話が、釈尊が迦葉に法を伝えたという伝説として宋以後の禅宗で重用され、教外別伝・不立文字の基盤とされた。

教学用語検索,SOKAnet,https://k-dic.sokanet.jp/迦葉(かしょう)/,(引用 2019-2-5)




五百塵点劫(ごひゃくじんてんごう)

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五百塵点劫の意味、以下引用。

「五百千万億那由他阿僧祇なゆたあそぎ」の「五百」を取って五百塵点劫という。

法華経如来寿量品にょらいじゅりょうほん第16では、釈尊の成道は五百塵点劫という長遠な過去(久遠くおん)であり、それ以来、衆生を説法教化してきたことが明かされた。

五百塵点劫は、法華経で次のように説明される(法華経478㌻)。

すなわち、五百千万億那由他阿僧祇(極めて大きな数)の三千大千世界の国土を粉々にすりつぶして微塵みじんとし、東方に進み五百千万億那由他阿僧祇の国を過ぎて一塵を落とし、以下同様にしてすべて微塵を下ろし尽くして、今度は下ろした国土も下ろさない国土もことごとく合わせて微塵にし、その一塵を一劫いっこうとする、またそれに過ぎた長遠な時である。

教学用語検索,SOKAnet,https://k-dic.sokanet.jp/五百塵点劫(ごひゃくじんてんごう)/,(引用 2019-2-6)




六根清浄の功徳(ろっこんしょうじょうのくどく)

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六根清浄の意味、以下引用。

法華経の信仰と実践により、六根ろっこんが清らかになることでもたらされる種々の功徳のこと。

法華経法師功徳品第19に説かれる。六根が煩悩の影響を受けず正しく働き、清らかになることを六根清浄という。

この六根清浄という正しい認識・判断・行動の結果として、種々の功徳がもたらされる。

同品には「し善男子・善女人、是の法華経を受持し、若しは読み若しは誦し、若しは解説し、若しは書写せば、是の人は当に八百の眼の功徳・千二百の耳の功徳・八百の鼻の功徳・千二百の舌の功徳・八百の身の功徳・千二百の意の功徳を得べし。

是の功徳をもって、六根を荘厳して、皆清浄ならしめん」(法華経527㌻)とある。

教学用語検索,SOKAnet,https://k-dic.sokanet.jp/六根清浄の功徳(ろっこんしょうじょうのく―/,(引用 2019-2-6)