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【如来寿量品第十六/背景/弥勒菩薩/自我偈(じがげ)】方便品寿量品解説⑤

前回は方便品第二の“方便”の題号に関してお話しをしました。

【前回の記事はコチラ】
方便品寿量品解説④

今回如来寿量品にょらいじゅりょうほん第十六の題号に関して説明をしていきます。如来の寿量にょらいのじゅりょうを示した章です。

 

如来とは何か?寿量とは何か?

これらが理解できれば、どれだけ素晴らしい経典かがわかると思います。

御書にも

一切経の中に此の寿量品ましまさずは天に日月無く国に大王なく山海に玉なく人にたましゐ無からんがごとし、

されば寿量品なくしては一切経いたづらごとなるべし、

根無き草はひさしからず・みなもとなき河は遠からず親無き子は人に・いやしまる、

所詮寿量品の肝心南無妙法蓮華経こそ十方三世の諸仏の母にて御坐し候へ

 

寿量品得意抄 御書 1,211P

日蓮大聖人御書全集全文検索,SOKAnet,https://www.sokanet.jp/kaiin/gosho_search/page.php?n=1211/,(引用 2019-2-22)

 

寿量品こそ最重要であると説明されています。概略的な部分をつかんだ上で、本文の読み下しに入っていきたいと思います。

では、早速まいりましょう。

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寿量品のきっかけと弥勒菩薩

妙法蓮華経第十五の品、従地涌出品。この従地涌出品じゅうじゆじゅっぽんは、釈尊が久遠実成くおんじつじょう(無始無終の永遠において過去も今も成仏している)という本地を明かす序章であり、釈尊滅後の末法に妙法蓮華経(法華経)の弘通を担う地涌の菩薩じゆのぼさつが出現することを説いた品です。

六万恒河沙ろくまんごうがしゃもの地涌の菩薩が大地より涌出してくるのですが、釈尊はこの地涌の菩薩の大群を、はじめからすべて私の弟子であったと明かします。

これら地涌の菩薩の各々おのおのじつに立派すぎたため、まるで青年が100歳の年配者達を指し、『自分の弟子』と言うほどに矛盾を感じる、と一座の大衆は疑念を持ちます。

弥勒菩薩みろくぼさつが30成道の旨を確認した上で、一座の代表として質問をします。

 

「世尊の成道は、四十余年ほどなのに、なぜこんなにも多く、また立派な菩薩達を教化することができたのか?」と。

その問いのきっかけに対して、説かれはじめたのが如来寿量品第十六です。

 

釈尊ははじめ汝等当なんだちまさに如来の誠諦じょうたい(真実)のことばを信解すべし」いましめます。

三度誡め(これを三誡さんかいといいます)たのち、

弥勒菩薩は一座をとりまとめ代表として我等われら当に仏のことばを信受し、たてまつる」と誓い

そして三度説法をう(これを三請さんしょうといいます)のです。

釈尊はここでさらに重ねていまし(これを重誡じゅうかいといいます)、如来秘密神通之力にょらいひみつじんつうしりきを説き、一座の疑念を断ち切り“信”を打ち立てます。

如来秘密神通之力を説いた、というのは、何も仏の“秘密”“神通力”など神秘的な何かを説いたわけではありません。

 

御書にあるように

今日蓮等の類いの意は即身成仏と開覚するを如来秘密神通之力とは云うなり、

成仏するより外の神通と秘密とは之れ無きなり、此の無作の三身をば一字を以て得たり所謂信の一字なり、

仍つて経に云く「我等当信受仏語」と信受の二字に意を留む可きなり。

御義口伝巻下 御書 753P

日蓮大聖人御書全集全文検索,SOKAnet,https://www.sokanet.jp/kaiin/gosho_search/page.php?n=753,(引用 2019-2-22)

信じる心、ただそれ一点だけを強調するために説いたのです。

「秘密」「神通」といっても、「即身成仏」つまり、ありのままの自分で、幸福を得ること以外にはなく、神秘的な “なにか” など何もありません。

無作の三身むさのさんじん(仏の境涯)をただ一字をもって得ることができた、それは、「信」の一字です。

だから、我等われら当に仏のことばを信受し、たてまつる」何度も重誡させ、如来秘密神通之力を説きながら、神秘的なものなど何もない、結局は信じることが仏の境涯を得ていくすべである、と確固たる信を打ち立てさせていったのです。

弥勒菩薩含む一座の動執生疑が縁となって、いよいよ六万恒河沙もの地涌の菩薩を教化することができた理由が如来寿量品で説かれます。

しかしその解答は “永遠の生命” という、あまりにも説明しがたいテーマ……

だからこそ、の一字が最重要、と重誡をもってして、説き始めたのです。

 

教学の根本、信仰の根本はです。本編の解説に入っても、『ただ物語を勉強する』のではなく、信じ切って読み下すことによって、全身を武者震いするほどの歓喜がやってきます。

今世も来世も間違いない。そう希望に満ちることができます。

生きることが楽しくてしかたない、そんな仏界を開き、生命の基盤にもっていけるようにするためにも、共々に信じ切って読み切っていきたいと思います。

 

如来の意味と寿量の意味

さて、如来寿量の題号の意味ですが、天台大師の法華文句ほっけもんぐ第九を引用した御書に

文句の九に云く如来とは十方三世の諸仏・二仏・三仏・本仏・迹仏の通号なり別しては本地三仏の別号なり、

寿量とは詮量なり、十方三世・二仏・三仏の諸仏の功徳を詮量す故に寿量品と云うと。

御義口伝巻下 御書 752P

日蓮大聖人御書全集全文検索,SOKAnet,https://www.sokanet.jp/kaiin/gosho_search/page.php?n=752,(引用 2019-2-22)

と記載があります。

如来とは三世十方のあらゆる諸仏を指し、特に本地の三仏のこと指しています。

本地三仏とは法・報・応の三身をいいます。

そして寿量とはそれら全ての仏の功徳はかり、包括していることを指します。

あらゆる仏のあらゆる知恵、生命力、その境地が受けるべく功徳、これらを全て内包している品、故に如来寿量品

これこそ、一切衆生をもれなく成仏させる力を感じさせますよね?これから読み下していきますが、名前負けしていない、鳥肌ものです。

 

自我偈とは

わたしたちが現在(2019年)読んでいる寿量品は偈頌げじゅ(自我偈じがげ)です。

寿量品全体は法説ほうせつ譬説ひせつ偈頌げじゅの三段から成ります。

 

法説は仏界の三世常住と永遠の生命を説き、譬説では良医の譬えを説きます。最後の偈頌とは、音韻おんいんを踏んだ詩です。

自我偈の内容は法説と譬説の要点をまとめたものです。したがって、自我偈を読経すれば、寿量品を読経したことと同義となります。

一時期から寿量品が偈頌のみになったのも、海外のメンバーへの配慮があってです。

内容はもれなく寿量品そのものなので、安心して読んでいきましょう。

 

次回からいよいよ本文読解に入っていきます。

 

方便品寿量品解説 つづきはこちら
【にじせそん/意味】“方便品第二” 全文の読み方(ふりがな) |方便品寿量品解説⑥

方便品寿量品解説 前の記事はこちら
【方便品/読み方/題号の由来】方便品寿量品解説④



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弥勒菩薩(みろくぼさつ)

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弥勒菩薩の意味、以下引用。

弥勒はサンスクリットのマイトレーヤの音写。慈氏じしと訳し、慈愛に満ちた者を意味する。

未来に釈尊に次いで仏としての位を継ぐとされる菩薩。

釈尊に先立って入滅し、現在は菩薩として、都率天とそつてんの内院で神々と人々に法を説いているとされる。

そして釈尊滅後56億7000万年後に仏として再びこの世界に登場し衆生を救うとされる。

このように次の生で仏となって釈尊の処(地位)を補うので「一生補処いっしょうふしょの菩薩」とも「弥勒仏」とも称する。

紀元前後から、この世の救世主として弥勒菩薩の下生を願い信ずる弥勒信仰が盛んになり、インド・中国・日本を通じて行われた。

古来、インドの瑜伽行派ゆがぎょうはの学者である弥勒と混同されてきたのも、この弥勒信仰に起因している。

 

教学用語検索,SOKAnet,https://k-dic.sokanet.jp/弥勒菩薩(みろくぼさつ)/,(引用 2019-2-22)




従地涌出品(じゅうじゆじゅっぽん)

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従地涌出品の意味、以下引用。

法華経従地涌出品第15のこと。

釈尊滅後の末法に法華経の弘通を担う地涌の菩薩が出現することを説いて釈尊が久遠実成という本地を明かす序となっており(略開近顕遠)、如来寿量品第16の直前にあって重要な役割を果たす品である。

法師品第10から釈尊が滅後の法華経弘通を勧めたことを受けて、迹化・他方の菩薩は、その誓願を立てた。しかし釈尊は菩薩たちに対し、「止みね。善男子よ。汝等が此の経を護持せんことを須いじ」(法華経451~452㌻)とこれを制止した。

その時、上行・無辺行・浄行・安立行の四菩薩をリーダーとする地涌の菩薩が大地から涌出する。

その様を目の当たりにした弥勒菩薩は、いまだかつてこのような菩薩を見たことがないとして、地涌の菩薩の正体について釈尊に尋ねた。

これに対し釈尊は「爾して乃ち之を教化して|初めて道心を発さしむ……我は久遠従り来|是等の衆を教化せり」(法華経467㌻)と答えたのである。

これを聞いて、会座の聴衆は大きな疑問を起こし、弥勒菩薩が代表して釈尊に尋ねる。

すなわち、始成正覚の立場を確認した上で、成道から40余年しかならない釈尊が、どうしてこれだけ多くの菩薩を教化することができたのか。

しかもこの菩薩の一人一人が実に立派であり、釈尊がこれをわが弟子だと言うのは、譬えていえば、25歳の青年が100歳の老人を指してわが弟子であると言うほどの矛盾がある。どうか未来のために疑いを除いていただきたい、と。

これを「動執生疑どうしゅうしょうぎ」という。この疑いにまさしく答えたのが、続く如来寿量品である。

教学用語検索,SOKAnet,https://k-dic.sokanet.jp/従地涌出品(じゅうじゆじゅっぽん)/,(引用 2019-2-24)




地涌の菩薩(じゆのぼさつ)

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地涌の菩薩の意味、以下引用。

法華経従地涌出品第15において、釈尊の呼び掛けに応えて、娑婆世界の大地を破って下方の虚空から涌き出てきた無数の菩薩たち(法華経452㌻以下)。

上行[じょうぎょう]・無辺行[むへんぎょう]・安立行[あんりゅうぎょう]・浄行[じょうぎょう]の四菩薩を代表とし、それぞれが無数の眷属をもつ。

如来神力品第21で釈尊から、滅後の法華経の弘通を、その主体者として託された。

教学用語検索,SOKAnet,https://k-dic.sokanet.jp/地涌の菩薩(じゆのぼさつ)/,(引用 2019-2-24)




六万恒河沙(ろくまんごうがしゃ)

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六万恒河沙の意味、以下引用。

法華経従地涌出品第15で、娑婆世界の大地から涌出した地涌の菩薩の数、またこの菩薩おのおのが率いている眷属の数をいう(法華経452~453㌻)。

恒河沙とはインドのガンジス川(恒河)の砂の粒のことで、無量の数を表す。

教学用語検索,SOKAnet,https://k-dic.sokanet.jp/六万恒河沙(ろくまんごうがしゃ)/,(引用 2019-2-24)

 

 

 

 

如来秘密神通之力(にょらいひみつじんずうしりき)

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如来秘密神通之力の意味、以下引用。

法華経如来寿量品第16の文。

同品の冒頭では、弥勒菩薩の要請に応じて釈尊が「汝等よ。諦らかに聴け。如来の秘密・神通の力を」(法華経477㌻)と述べ、その後、釈尊が久遠の昔から仏であり、方便として入滅するけれども、実はこの娑婆世界に常住しており、妙法を強盛に信じる者には現れてくることが説かれる。

「御義口伝」に「今日蓮等の類いの意は即身成仏と開覚するを如来秘密神通之力とは云うなり、成仏するより外の神通と秘密とは之れ無きなり」(753㌻)と仰せのように、如来の秘密の法とは、万人を成仏させる妙法である。

教学用語検索,SOKAnet,https://k-dic.sokanet.jp/如来秘密神通之力(にょらいひみつじんずう―/,(引用 2019-2-28)




三身(さんじん)

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三身の意味、以下引用。

仏としての本質的な3種の特性。

①法身[ほっしん](仏が覚った真実・真理)

②報身[ほうしん](最高の覚りの智慧をはじめ、仏と成った報いとして得た種々の優れた特性)

③応身[おうじん](人々を苦悩から救うためにそれぞれに応じて現実に現した姿、慈悲の側面)の三つをいう。

教学用語検索,SOKAnet,https://k-dic.sokanet.jp/三身(さんじん)/,(引用 2019-2-28)