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【境涯/結婚/恋愛】創価学会・男子部・女子部 “池田先生・戸田先生の信心指導”

本記事では創価学会青年部の為に、恋愛結婚に関しての池田先生戸田先生信心指導まとめをご紹介していきます。
境涯幸福、相手を選ぶ際の注意点にも迫っていきます。


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検索でこの記事に辿りついているあなたは独身、ということですよね?

あるいは境涯が合わずに離婚を考えて検索してきた方もいるかもしれません。

 

予期せぬタイミングで結婚・再婚したいと思える相手が現れてしまう場合、そんなときに『結婚するならどういう人を選ぶべきか?』の基準がないと、安易に感情だけで結婚してしまったり、あるいは結婚しておけばよかったのにブレーキをかけすぎてしまったりと、そのときの『流れ』を逃してしまうかもしれません。

 

その『とき』の瞬間の聡明な判断で自分の人生の旬をつかむ為にも、様々な指導に事前に目を通し、未来の “その時” に題目をあげる際の知恵の一助とするため、この記事を書くことにしました。

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【皆が祝福してくれる結婚を】

池田先生指導

『当然、結婚は自由である。しかし、周囲の反対を押し切り、自己中心的になってしまってはならない。一番根本的な信心も、一番助け合いの絆の強い同志まで捨てて、自分を忘れて恋愛に溺れ、やがて後悔の涙で苦しんでいる人も多いことを、忘れてはならない』

とあります。

やはり人の一生の幸福という観点から見て、恋愛は一時であり、信心(境涯)は一生であります。
恋愛は天界であり、信心は仏界であります。つまり二十歳で結婚して100歳までずっと同じ人に恋愛(天界)できるならまだいいかもしれませんが、実際は50も過ぎれば容姿は衰え(男性的視点ですみません……)、からへの転換が必要な時期もくるでしょう。

また、脳科学の視点で恋愛は同一人物に4年しかホルモンが分泌されないので、理論上は生涯恋愛に溺れたいなら4年サイクルで相手を変えねばならないことになってしまいます。仮に科学と理論の領域を超えて奇跡的に一人の人を4年を越えて恋愛し続ける限界突破ができたとしましょう、それでも限界突破はせいぜい10年程度が奇跡にしてもせいぜいなのではないでしょうか?しかも奇跡の限界突破を2人同時に行えるなら超科学的な領域となってしまいます。

 

また、結婚は責任であり、宿業の共同体です。例え相手が脳障害になっても、半身不随になっても、死んでしまっても、それでも尚、相手の家族に責任を持ち、相手を愛し続ける覚悟と、取り巻く環境全てにおいての使命の自覚が必要なのではないでしょうか?

 

一生涯という長期的な視点を捉えられず、一時の自己中心は聡明とは言えず、結果周囲だけでなく自分自身も低く狭い境涯に縛られてしまう危険性がある、そういう意味の指導なのではないでしょうか?

そもそも生涯何が起ころうと、互いにそれぞれの宿業を共に責任を持ちあうという性質上信頼と愛がなければ成り立たないのではないでしょうか?

どのような状態に相手がなってしまっても全面的に受け入れ、いつくしむという母親のような愛と、どのような状態でも相手を信用しきって自分が介入、支配せず、自由にさせてあげる父親のような愛

信心をやめてほしいとか(未入会の恋人と結婚した場合)、タバコをやめてほしいとか、ダイエットしてほしいとか、相手をそのまま受け入れられず、相手に求めている時点で、相手を信じきることができていないわけですから、既に未来の結婚生活は破綻が始まっているのではないか?
本質的には相手を愛していないのではないか?ただの自己愛とエゴなのではないか?

変わってほしいなら、ただご本尊に祈ればいい。信じるべきは自身の祈り。諸天は必ず動きます。

 

話がそれましたが、自分と結婚相手だけしか見れない境涯の狭さも不幸でしょう。
周囲の縁する人が幸福にならないと本質的に自分も幸福になれないのではないでしょうか?
四表の静謐しひょうのせいひつが解らない知恵の浅い境涯は、一生周囲に悩み苦しみます。

両親や先輩、同志、ときには学会本部でも指導を受けて、自己中心にならず、皆に大祝福される結婚を目指すべきでしょう。

 

【相手に媚びる恋愛は惨め】

戸田先生指導

『相手に媚びて恋愛するのはみじめだ。毅然きぜんたる自分であるべきだ。浅く、安っぽい人間には、安っぽい恋愛しかできない。本当の恋愛をするなら、本気で自分をつくるべきです。それは、相手に合わせることでも、見栄を張ったり、表面を取り繕うことでもない。』

またさらに

『女子部は多くの男性が憧れるような光輝ある女性になってほしい。大抵、男女の関係において、女性が賢く、毅然としていれば、不幸な問題が起こらない。それを、女性のほうが甘い考えで、軽率に応じて、一生を悩み、悔やむ女性が多すぎる。』

とあります。

安っぽい人間には、安っぽい恋愛しかできない。これは、まさに境涯の話でしょう。人はその境涯に応じた恋愛しかできません。
相手をとっかえひっかえ恋愛し、それでも満足できないのは三悪道の境涯でしょう。というより最早それは恋愛というよりただの快楽、欲望であり、依存症の類であり、とても恋愛などとは言えない代物なのではないでしょうか?

 

逆に互いに使命感を持ち、同一の目的に向かい、その縁を契機に自己成長できる、恋愛をかてにして楽しんでいけることは、その目的次第では菩薩界の境涯の恋愛かもしれないし、仏界の恋愛と言えるかもしれません。
いづれにせよ、その人のもつ境涯に応じたものしか出てこないのです。

 

毅然きぜんとした自分をつくれ。これに関して少し思い出すものがあります。

別れて落ち込んでいる女子部員の、先輩幹部がその女子部員に指導した内容で

「学会活動で自分を磨くのよ。そしたら3000人くらいの男性から結婚を申し込まれるくらいの女性になれるのよ。追いかけてはダメ。追いかけられる女性になりなさい。」と。

この女子部員は結局祈り、活動し、つまり大境涯を開き実際十数人から縁談が来て選びに選んで結婚できた。と。

 

この話はすごくしっくりきました。
世の中我儘わがままなもので『色んな需要がある。こんな自分でもどこかに自分を欲しい人はいる』と言って、結局自身の境涯革命を放棄して横着な自分を横着なままで市場に売り出そうとします。

自分を磨けばいいのではないでしょうか?
その境涯に応じて如是相にょぜそう(外見)は精悍せいかんに清潔にバランスよくなり、如是性にょぜしょう(内面)は菩薩の温かさと仏の強さを湧現ゆげんし、如是体にょぜたい(自身の実体)は大健康や独自の才能を発揮して、薄皮をはぐように財産も積もっていくことでしょう。

境涯はその人間の姿ひととなりに即、反映します。

大境涯を開けばいいと思います。
多くのオファーから自分が好きで、世の為人の為にもなるような、相性最高の相手を、周囲とよく相談もし、ご本尊にもよく相談をして祈って、選びたい放題選べばいい。その方が楽しくないですか?

 

女性が賢く、毅然きぜんとしていれば、不幸な問題が起こらない。

なぜでしょう?犯罪者は大概男です。過去には男子部の最高幹部の4股不倫など、問題も起きました。嘘か真か、そのとき先生は応じた女子部の名前もおおやけにしたらしく、夫人にも何もそこまでしなくても、と言われていたらしいです。

ただ、戸田先生なら、応じた女子部も全てまとめて除名にしたのではないか?と私は直感しています。男は嫉妬の産物です。大概狂うのも、牙をむくのも男です。結局悪いのは男ばかりです。

だからこそ、女性が賢明毅然けんめいきぜんであれば、不幸は起こらないでしょう。恋愛、結婚というテーマを縁にして、女性には自身を守りきれる大境涯を開いて頂きたいです。傷つくのはいつだって女性なのですから。

 

【今自分たちは何をすべきか、その目的を忘れての交際は邪道】

池田先生指導

『大事なことは「あの人がいるから、もっと勉強しよう」なのか、それとも「勉強よりも、あの人」なのか』

という言葉があります。これは母親から高校時代は恋愛してはいけない、と言われていた高校生が『恋愛してはいけないのか?』というテーマで先生と対談している内容で、先生はダンテの例をあげています。

ダンテは少年の日からベアトリーチェという女性をしたい続け、彼女をきっかけに新しい詩のスタイルを創り出していきます。ベアトリーチェをもってしてダンテは芸術の扉を開いていくのですが、結局彼女は他の男性と結婚し、若くして亡くなってしまう。

それでも尚、ダンテはベアトリーチェを愛し続けます。それが結果的に彼の心を高貴なものに鍛え、高めていくことになります。『神曲』において、ベアトリーチェは、ダンテ自身を天上界へと導いていく尊貴な存在として描かれているのです。

愛情を“生きる希望”変えていったダンテ。

 

『恋愛は十人十色、バックボーンのあらゆる違いから“こうすれば解決する”という誰にでも当てはまる法則はないでしょう』

と先生は前置きしつつ、

『恋愛は、生きるバネに、生きる強さのバネにならければいけないと私は思う。』

と語っています。

 

これも本質はその恋の境涯の所在はどこにあるのか?ということでしょう。

あの人がいるからもっと勉強しよう。

あの人にふさわしい本当の自分になる為に、よりよい自分を目指そう。

また、相手の為にも自分に知恵をつけよう、使命を果たしていこう。
ということであり、その恋を糧にする境涯は菩薩界、仏界でしょう。

 

勉強よりもあの人。これは、恋に盲目となり、恋そのものに支配され、振り回されている姿です。
一見、天界の美しい世界に映りはしますが、その本質は依存と自己中心性であり、三悪道、四悪趣の境涯でしょう。

 

やはり、自分や、自分と相手だけ、にしか視点が向かないその狭い境涯に支配されてしまう交際を、先生は邪道と言っているのです。

 

 

こうやってその人の境涯や、使命に焦点をあてていくと、自立した個人(境涯を制覇したもの同士)の間でしか、恋愛の高みはないのではないか?と思えてきます。

愛があれば、相手の望まないことを押し付けはしないし、無責任な冒険もしません。
合わせるという一見愛情のあるような行動ひとつとっても、その実、媚びているだけの、相手の為でもなんでもない中身だったり、逆に、本当に相手の為にと合わせていることだってあります。
全ては境涯ひとつなのではないでしょうか?

本質的に幸福は相手から与えられるものではなく自分の境涯ありきなはずです。

 

ここまで考えて自分なりの解答がでました。

“信力”の強い女性を選ぼうと。内部外部問わず。
嘘をつかない誠実な人は、自分自身にも嘘をつきません。
また、自分自身にも嘘をつかない人は、自分にも他人にも信じる強さをもっています。
相手を信じる強さのある女性は、私をあらゆる意味で自由にしてくれるでしょう。また、私を信じきってくれる女性なら、私の信じるものを、共に信じてくれるはずです。入信の有無にかかわらず、内証の信さえあれば、その時点で大境涯です。
間違いなく円満な生活となるでしょう。

 

そんな信力あるフィアンセを夢みつつ、まずは多数のオファーが来るよう自分を磨いていこうと深く決意しております。

 

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