Oops! It appears that you have disabled your Javascript. In order for you to see this page as it is meant to appear, we ask that you please re-enable your Javascript!

〔自分の身は自分で守る〕の誤り。個人主義と全体主義と境涯とは?

自分の身は自分で守る。この思想がいかに低次元かを論理的に説明したい。憲法9条をめぐって、戦える国へ、と謳っている論者、なかんずく自分の国は自分で守るべき、と言っている幸福実現党大川隆法氏や池上彰氏の真意とはなんなのか?

まず、自分のおしりは自分でぬぐう、なんてことは小学生でもわかることで、今更声だかに騒ぐこと自体、ナンセンスでしょう。

自分の身さえ守れていないから、騒いでいる。というかもしれませんが、実際守れているのです。すでに。

守れていない、と言っている側は、殺されたら殺し返せないことを、守れていないと言っています。

逆です。殺されても殺し返さないことが、自分を守っています。これが本質です。

 

小国の守備を自己責任とさせる思想

なんらかの理由で北朝鮮(世界軍事力ランキング18位)とマダガスカル(世界軍事力ランキング123位)の戦争が起こったと仮定します。

自分の国は自分で守れ、との思想の元、滅びゆくマダガスカルを黙認するのでしょうか?

これは小学生と高校生が殺し合いを初めて大人が黙認しているのと同じことです。

自分の国は自分で守れ、なんていうことは、軍事力で上位に位置する先進国の小さなプライドです。

日本国民という小さなプライドを守る為だけに、弱小国を置き去りにして、己で守れと騒いでいます。

傲慢と支配欲求。毒性が顕在化していないだけで、民族主義者、選民思想のヒトラーと本質は同じです。

個人主義と全体主義

まず始めに行っておきます。私は個人主義者です。自分大好き人間です。そしてだからこそ、全体主義を尊重します。

意味が解るでしょうか?

個が最大の光を放つには、全体が健全でなければならないからです。

なんじすべから一身の安堵いっしんのあんどを思わば 四表の静謐しひょうのせいひついのらん者か』です。

地球を人体とします。それぞれの国が臓器や器官。そこに住む人が細胞です。

もうお分かりですね。

ひとつの臓器だけが他の臓器を侵略しきったとしても、勝ち残った臓器だけでは人体を維持できません。

肝臓が攻撃されたからと言って腎臓を殺し返しても、人体は維持できません。

人体にはバランスを取る様々な細胞や組織が存在します。

仮に一方的におかしくなった臓器があり、攻撃を開始しだしても、かならず周りの全てがバランスと取り攻撃をやめさせ、調和します。

国と言っても地球市民。この発想の側に信を置けないのは、つまり個人のプライドへの固執です。

 

しかし個人のプライドが悪いのでしょうか?

私個人としては、個性のない世界はとても味気なくつまらないと感じます。

全体主義で個性は潰せるのか?

そもそも個性って潰せるものなのでしょうか?

『桜梅桃李の己己の当体を改めずして無作三身と開見すれば是れ即ち量の義なり』つまり、

答えはNOです。過去世からの様々は宿業、習性、を心理学者フロイトの言う無意識層にまでとてつもない量で詰め込んで永遠を流転する人間。

その経験と記憶と境涯において、誰一人として同じ人はいません。

どの時代、どの世界、どの環境下においても、必ず必然的に差別は発生し、個性は出現してしまいます。

したがって、どんなに全体主義を推し進めて、強制して、弾圧したところで、個性という魂の叫びを、潰すことは不可能なのです。

環境の問題ではありません。むしろ個性というものは、環境をつきぬけていく性質のものです。

なので全体主義で個性を潰すというのは、ありえない。と信じているのです。

7災という名の地球生命の本然的調整

地球というのは生命です。銀河もまた生命。そして宇宙もまたひとつの生命です。

無数の銀河があり、無数の地球があり、無数の人類が必ずいます。黒だ白だという範疇外のもっと異次元な個性もあることでしょう。

仏典には思想が乱れると七つの災害が起こると記載されています。

なぜか?考えたことありますか?

答えはシンプルです。思想の乱れた細胞を淘汰する為です。

地球にとって人間は細胞。地球も意思を持っています。

おかしいガン細胞が現れたら、淘汰しなければなりません。

HIVの起源はゲイ同士の交配から発生したとか、チンパンジーとの交配から発生したとか所説あります。

この本質もシンプルです。生命を生まないゲイを淘汰する為であり、チンパンジーとの混血で人類を退化させない為です。

おおよそ地球生命に反した一細胞の快楽追及思想が、地球生命の存続を脅かした為に、発生したものがHIVなのではないか?

疫病は7災のひとつですね。

だからこそ、国中に現世を捨てた念仏思想が充満した鎌倉時代は、歴史を代表する災害のオンパレードだったわけです。

現実に作用することをやめた細胞、地球という命にとっては脅威なのです。

このように殺し合い含む思想の乱れは地球が自ら正します。

なので、人間同士が殺されたら殺し返すなんてしなくていいのです。それをやってしまうのは、小さなプライドと大きな傲慢に支配されているからです。

人のために火をともせば・我がまへあきらかなるがごとし

この御書の本質は全体主義と個人主義の融合をうたっています。

フォーカスしているのは境涯なのです。

暗闇で人の前に火を灯してあげることは、自分の境涯に火を灯し大きく開く、ということを意味しています。

全体主義に立ち、人の為にする行動は即、自分自身の菩薩界仏界を開き成長し心の財を積める、と言っているのです。

なにも物理的に自分も明るくなるよね、という端的な御書ではないのです。

冒頭に述べた、殺されても殺し返さないことが、自分を守っています。これが本質です。

と申し上げたのは、全体主義に立つこと、境涯を菩薩界に引き上げることが、結果的に健全な人体を作り、健康な人体の土俵の上で、個々の細胞が存分に光を放てる、ということを言っています。

戦えない国を守れ

殺されても殺されてもやりかえさないこと。ここにプライドを持つべきです。

東京にミサイルが来たとします。自分も渋谷に遊びにいっていたとします。そこで被弾して死んだものは、戦争のない地球を守る為に散った、という使命であったと捉えられる境涯が必要なのではないでしょうか?

自分の国は自分で守るのではなく、地球はみんなで守るものです。もっと言えば銀河も宇宙もみんなで守るものでしょう。

一方的に攻撃を受ける国があれば、国連軍で対処します。

許せないと言っているのは大儀に目を向けられない個人の境涯の低さです。

どうせ死んでもすぐ生まれ変わります。無責任に生きろと言っているのではありません。

生きている間は使命をしっかり果たし、死んでしまうなら、未練なく受け入れて次の人生を楽しもうというシンプルな思考なのです。

アメリカでは銃社会が今になってようやく反対派多数へ移行しつつある社会の流れです。

自分の身は自分で守れ、この思想がもたらした、一家に一銃。

小学生でさえ、銃で自らを守れ。この思想の限界が顕在化されつつあるのではないか?

武器を持たないこと。やりかえさないこと。これを謳った憲法9条は崇高な境涯を最上ルールに据えた精神の勝利なはずです。

これを武器を持てる国に変えて、やりかえせる国に変えることは、境涯の劣化であり、個人主義、ナショナリズム、選民思想回帰なのです。

天皇制をなくせば日本のアイデンティティがなくなる。よく聞く話ですが、このこだわりが戦争が生むガンなのです。

アイデンティティは制度でなく、あくまで一個人の心の中にあります。

道徳心、愛国心がなくなる?そんなこともありません。

個々人が境涯を開いていくことが、最大の道徳であり愛国でありアイデンティティの確立になると私は、信じています。

池上彰の言いたかったこと

彼は憲法改正に賛成でも反対でもない。というよりも、その意見はメディアに出さないようにしています。

民主主義とはひとりひとりが自分の頭で自分の意見を考えることであると、彼は言っていて、その信念にしたがって、材料を与えても個人としての意見は言わないスタイルです。

彼が、自分の国は自分で守る、と発言したこの真意。

これは、自分たちでやりかえせる国を作ることが、自分たちを守ること、と言ったわけではないのではないか?

つまり、ひとりひとりが自分の頭で意見を考える民主主義を指して、自分の国は自分たちで守る、と発言したのではないか?

民主主義が根幹です。

だからこそ、安易に戦える国に変えていくことが本当に平和と自分たちの幸福につながっていくことなのか、考えてほしいと、思っています。

私たちひとりひとりが賢くなること、境涯を高めていくことが、結果的に武器のない世界を生み出せるかどうかのカギなのではないでしょうか?

科学が進めばボタンひとつで地球が吹っ飛ぶ時代が来ます。国防軍なんてバカバカしいと思いませんか?

政治カテゴリの記事一覧へ