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【信心とお金】経済革命とは?お金と境涯の関係、お金の本質を解説します。

お金ってなんでしょう?

みなさんは、お金について考えてみたことはありますか?

そもそも私はお金が大嫌いです。

そんな私が今、お金を認めようとしています。

これだけだと曖昧な話ですね、まずは私のお金嫌いの部分からお話しします。

人格以外はなにもいらない

私は中学生あたりから、人間の魅力は中身であると、ずっと確信しています。

それだけに特化してものを考えてきてしまうと、つまりかたよってしまうと、その他は “ほぼいらないもの” だ、となってしまいました。

容姿、経済力、地位、その他etc. こんなものたちはほぼいらないもので、中身さえあれば人は幸せになれる。

そう信じて今も生きています。

 

ただ、いつしかそれが要らない程度のものでなく、嫌悪けんおになってきたのです。

カッコよさに対する嫌悪、お金に対する嫌悪権力けんりょくに対する嫌悪、etc.

ジャニーズが嫌いだったり、富豪が嫌いだったり、国が嫌いだったり。

そのくせ乃木坂は好きです。矛盾してますよね?

 

とかくお金に対する拒否反応は激しかったです。

手元にお金をおいておきたくなくて、弟の学費を払い続けたり、高額な英語の教材を買ってみたり、家族の家電を買ってみたり……

弟には恩着せがましくその時の話をしてみたりしますが、本当はただ、(汚い)お金を身の回りにおいて、自分を汚したくないだけでした。

 

お金の境涯とお金の本質

お金にも境涯があります。

お金を嫌えば嫌うほど、お金は地獄界になります。

眷属けんぞく(同属、一族)は眷属を呼ぶ。地獄界のお金地獄界のお金を呼びます。

いつしか私はキャッシングで80万の借金を背負っていました。

 

世の中のでは『引き寄せの法則』なんて言われている、我々でいう眷属けんぞく

風俗パチンコをやめられない部員さんに話したことがあります。

パチンコ店のお金は餓鬼界のお金。仮に勝って手に入れても手元にくるのは餓鬼界がきかいのお金

どれだけ勝っても必ず欲望のままに全て出て行って失うよ。

 

また、

風俗店に払うお金も餓鬼界のお金。まず、女性は餓鬼界のお金を手に入れる。そうやって手に入れた莫大な餓鬼界(お金)は自身の生命を制御不能な餓鬼界へ転落させる。だから風俗業界の女性ホスト依存症買い物依存症が多い。

そのような餓鬼界の濃い生命にサービスをうける自分はどうなるのか?

簡単です。自分も濃い餓鬼界になります。眷属なので。

だからやめたほうがいい。自分のお金の境涯を変えていかないと、生活は変わらないよ、と話しました。

 

お金の本質は価値の交換とか、お金の本質は信用とか、資本主義の本質は自由競争とか、いろいろ言いますが、一番大事なのは、人間の心、心の財です。

もっというと、資本主義は衰退します。

経済が衰退するという意味ではありません。お金そのものに人間が価値を相対的におかなくなってくる時代がくる、ということです。

お金がすべて。という人間が少しづつ減ってきます。本当です。

 

なぜ経済革命には10年かかると言われるのか?

昔からよく言われている経済革命には10年かかる。という指導

これは簡単です。自分の命を変えるまでに時間がかかるのと、自分の命が変わってから環境が追いついてくるまでに10年かかるからです。

勿論早い人もいます。そして一生貧乏の人もいます

 

お金の境涯を洞察する。お金の使い方を変える。自分に集まるお金の境涯を高める。命が菩薩界、仏界に近づいていくこと、六根清浄されていくにつれて、仕事は楽しくなり、仕事を究めていき、収入があがり、自分の依存は切れて、出費は減り、健康にもなり、人の為にお金を使い、感謝のお金で自分が荘厳されていく。

つまり、薄皮をはぐように六根清浄されていき、六根清浄された自分に付随して環境が変わりきるまでの時間が目安として10年故に、経済革命には10年かかると言われるのです。

選挙でF取って給料があがって、はい経済革命おわり。そんな簡単なものではありません。勿論功徳ではありますが。

 

命が変わりきって、環境が明らかに変わりきるまでが、経済革命のドラマです。

 

お金を恨みながら、実際にお金を持ってる人に出会うと嫌いになれない

かれこれ30過ぎまでお金を嫌悪していたわたしです、テレビで見る富豪は嫌いなのに、現実で出会うお金もちは嫌いになれませんでした

 

りん棒を折った某元県男ぼうもとけんだん。暴力人ではありませんよ。名誉のために言っておきます。

社長の県男です。よく聞く言葉は『寿司がいいか!?焼肉がいいか!?』です。

大きな会合でもまったく信心の話とは思えないようなただただ『面白い話』だけをする人。

ジェット機が離陸する話が好きです。

この人の信心もこの人の人格も、はたまた本物か偽物かさえ、よくわからないし、どうでもいいです。

ただ、とてつもなく魅力的な人でした。

 

もうひとりのお金もち。

うちの部には船の男がいます。一級船舶士せんぱくし

みんなを焼肉につれていき、家を会場提供し、大量のピザーラを頼んでくれる筋肉質なアニオタです。

家のローンもなく(完済の持ち家・男子部ですよw)車のローンもなく(一括で買っちゃう)、想像が及ばない月収。

あこがれます。最近結婚してさすがに家族にお金を使ってほしいので、わたしがおごり役を引き継ぎたいところ。

 

そして以前ピアノを習っていたときの先生。

この人は外部ですが、真のボンボンです。本人にそれをいうと、本人はさらに意味不明な世界の金回りをしっているので、わたしは貧乏人、と謙遜なく言ってきます。

謙遜なくいってくるので本当に年収1000万クラスでも貧乏と思っているのでしょう。住む世界が違う。

ちなみにオーストリアの演奏の仕事で学会の会合に参加して池田先生に会ったことがある謎の外部です。

この人も本物のピアニストという意味でも、根っこが善良なヒューマニズムのある人という意味でも、魅力的です。

 

結局お金を嫌いになりたくても、お金を多く持っている人が嫌いになれないあたり、自分の中の矛盾を感じていたのです。

そして最近気づきます。

お金は『人に感謝を伝えるツール』なのではないか?

ということです。

 

お金は人に感謝を伝えるツール

お金に境涯があるのは20代後半あたりから実感し始めていました。

お金は毎月銀行で新券に両替して財布に入れています。

しかし、実感があったのはネガティブな境涯のお金だけです。このことからまったく発想に欠落していたもの、それが菩薩界のお金』です。

感謝とは何かとずっと考えながら仕事していたときに、お金の話に発想が切替わったとき、ふと出てきたのです。

このことはノマド的節約術の松本さんもまったく同じことを言っていました。

このあたりから確信を持ちはじめ、お金に対する印象がガラっと変わっていきます。

悪者と決めつけ境涯の低いお金の存在しか知らずネガティブな印象しかなかったものが、人に感謝を伝えるツール、というポジティブな印象のものに変わっていきました。

もちろん感謝を伝えるツールはほかにもいろいろあるでしょう。ただ、資本主義に生きざるを得ない環境においては、逆にお金こそ、最も感謝を端的に伝えるツールなのではないでしょうか?

 

人間の境涯が変われば、お金の境涯も変わります。

人に感謝を伝えるツールであるならば、たくさんあった方がいいに決まっています。

 

部員さんにラーメンをおごってあげるかどうかに迷っていた自分がどんなになさけないか。

焼肉でもなんの躊躇ちゅうちょなくおごってあげられる自分になりたい。

お金が嫌いとか、必要な分だけあればいいとか、そもそもお金なんて求めていないとか、お金がなくても幸福になれるとか……

結局それは、小さな自分に閉じこもっていただけです。

感謝を伝えるツール(菩薩界のお金)なら、たくさん人に使いたいじゃないですか。

 

純粋にお金もちになりたいと言えるようになれたことが、自分の中では最大の変化だったのです。

 

徐々にお金に困らなくなってきた今

お金の使い方を意識するようになり、お金の境涯を考えるようになり、人の為にお金を使うようになり、また、人の為にお金が欲しいと祈れるようになった今、様々な智慧も湧き、本当に環境が整ってきています。

現在毎月ユニセフ国境なき医師団に口座振替で寄付をしています。もう5年目くらいになるでしょうか?財務は毎年1万づつ増やしています。悠長にブログを書きながら生活できる環境にもなってきました。

これからいくらでも稼げそうな予感がしています。これからいくらでもお金が集まってくる予感がしています。

なによりこの希望に満ちた命が最高の功徳です。共々に人の為のお金、公布の為のお金を、湯水のごとく楽しみながら手に入れていきませんか?!!

 

この記事があなたの経済革命のヒントになることを心から願って。

 

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地獄界

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地獄界の意味、以下引用。

地獄は、もともとは「地下の牢獄」という意味で、経典には八熱地獄、八寒地獄など数多くの地獄が説かれています。

地獄界は、苦しみに縛られた最低の境涯です。「地」は最も底を意味し、「獄」は拘束され、縛られた不自由さを表します。
「地獄おそるべし。炎をもって家とす」(1439㌻)といわれるように、地獄界とは、自身を取り巻く世界全体を、炎のように自身に苦しみを与える世界と感じる境涯といえます。
また、大聖人は、「観心本尊抄」で「瞋るは地獄」と仰せです。

「瞋り」とは、思い通りにいかない自分自身や、苦しみを感じさせる周りの世界に対して抱く、やり場のない恨みの心です。苦の世界に囚われ、どうすることもできない生命のうめきが瞋りです。
いわば「生きていること自体が苦しい」、「何を見ても不幸に感じる」境涯が地獄界です。

教学入門,SOKAnet,https://www.sokanet.jp/pr/kyougakunyuumon/seimeironn01jyukkairon/jyukkai/01-2/,(引用 2019-2-20)

 

 

 

 

餓鬼界

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餓鬼界の意味、以下引用。

餓鬼界とは、欲望が満たされずに苦しむ境涯です。

古代インドにおける餓鬼のもともとの意味は「死者」のことです。死者が常に飢えて食物を欲しているとされていたことから、とどまるところを知らぬ激しい欲望の火に、身も心も焼かれている生命状態を餓鬼界と表現します。

大聖人は「貪るは餓鬼」、また「餓鬼悲しむべし。飢渇にうえて子を食らう」(1439㌻)と仰せです。
飢えて子まで食べるというような貪り、すなわち際限のない欲望にふりまわされ、そのために心が自由にならず、苦しみを生じる境涯のことです。
もちろん、欲望そのものには善悪の両面があります。人間は、食欲などの欲望がないと生きていけないことも事実です。
また、欲望が人間を進歩、向上させるエネルギーとなる場合もあります。しかし、欲望を創造的な方向に使えず、欲望の奴隷となって苦しむのが餓鬼界です。

教学入門,SOKAnet,https://www.sokanet.jp/pr/kyougakunyuumon/seimeironn01jyukkairon/jyukkai/02-2/,(引用 2019-2-20)

 

 

 

 

菩薩界

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菩薩界の意味、以下引用。

菩薩とは、仏の覚りを得ようとして不断の努力をする衆生という意味です。
二乗が仏を師匠としていても、自分たちは仏の境涯には至れないとしていたのに対し、菩薩は、師匠である仏の境涯に到達しようと目指していきます。
また、仏の教えを人々に伝え広めて人々を救済しようとします。
すなわち、菩薩の境涯の特徴は、仏界という最高の境涯を求めていく「求道」とともに、自らが仏道修行の途上で得た利益を、他者に対しても分かち与えていく「利他」の実践があることです。

現実の世間のなかで、人々の苦しみと悲しみに同苦し、抜苦与楽(苦を抜き、楽を与える)の実践をして、自他共の幸福を願うのが菩薩の心です。
二乗が「自分中心」の心にとらわれて低い覚りに安住していたのに対して、菩薩界は「人のため」「法のため」という使命感をもち、行動していく境涯です。
この菩薩界の境涯の根本は「慈悲」です。
大聖人は、「観心本尊抄」で「無顧の悪人もなお妻子を慈愛す。菩薩界の一分なり」(241㌻)と仰せです。
他人を顧みることのない悪人ですら自分の妻子を慈愛するように、生命には本来、他者を慈しむ心が具わっています。
この慈悲の心を万人に向け、生き方の根本にすえるのが菩薩界です。

教学入門,SOKAnet,https://www.sokanet.jp/pr/kyougakunyuumon/seimeironn01jyukkairon/jyukkai/09-2/,(引用 2019-2-20)