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責任感即境涯。責任感ある信心は必ず境涯を開く。

昔、東京牧口会館で開かれた創価班会で、当時の長谷川副会長は指導していた。

『責任感で人間が変わる』と。

この言葉は当時の自分では、頭で理解していても、心で信じていなかった。

しかし30代の今になってようやく確信に至る。全てに責任を担う人は境涯を開き、全てに無責任な人は行き詰ると。

永らく様々な人を見てきて、時の経過が自分に確信をもたらした。

 

今日は年内(2018年)最後の部活。担当幹部で他組織のまったく知らない本部長がやってきた。

その人の話が面白かったのだが、まず御書の上野殿御消息を引用して

一に仏教の四恩とは一には父母の恩を報ぜよ・二には国主の恩を報ぜよ・三には一切衆生の恩を報ぜよ・四には三宝の恩を報ぜよ

一に父母の恩を報ぜよとは父母の赤白二渧・和合して我が身となる、母の胎内に宿る事・二百七十日・九月の間・三十七度死るほどの苦みあり、生落す時たへがたしと思ひ念ずる息・頂より出づる煙り梵天に至る、さて生落されて乳をのむ事一百八十余石・三年が間は父母の膝に遊び人となりて仏教を信ずれば先づ此の父と母との恩を報ずべし、父の恩の高き事・須弥山猶ひきし・母の恩の深き事大海還つて浅し、相構えて父母の恩を報ずべし

二に国主の恩を報ぜよとは・生れて已来・衣食のたぐひより初めて・皆是れ国主の恩を得てある者なれば現世安穏・後生善処と祈り奉るべし

三に一切衆生の恩を報ぜよとは、されば昔は一切の男は父なり・女は母なり・然る間・生生世世に皆恩ある衆生なれば皆仏になれと思ふべきなり

四に三宝の恩を報ぜよとは・最初成道の華厳経を尋ぬれば経も大乗・仏も報身如来にて坐ます間・二乗等は昼の梟・夜の鷹の如くして・かれを聞くといへども・耳しゐ・目しゐの如し、然る間・四恩を報ずべきかと思ふに女人をきらはれたる間・母の恩報じがたし

次に仏・阿含小乗経を説き給いし事・十二年・是こそ小乗なれば我等が機にしたがふべきかと思へば・男は五戒・女は十戒・法師は二百五十戒・尼は五百戒を持ちて三千の威儀を具すべしと説きたれば・末代の我等かなふべしとも・おぼえねば母の恩報じがたし、況や此の経にもきらはれたり、方等・般若・四十余年の経経に皆女人をきらはれたり

但天女成仏経・観経等にすこし女人の得道の経文有りといへども・但名のみ有つて実なきなり、其の上未顕真実の経なれば如何が有りけん、四十余年の経経に皆女人を嫌われたり、又最後に説き給いたる涅槃経にも女人を嫌はれたり、何れか四恩を報ずる経有りと尋ぬれば法華経こそ女人成仏する経なれば、八歳の竜女・成仏し・仏の姨母憍曇弥・耶輸陀羅比丘尼記莂にあづかりぬ、されば我等が母は但女人の体にてこそ候へ・畜生にもあらず蛇身にもあらず・八歳の竜女だにも仏になる、如何ぞ此の経の力にて我が母の仏にならざるべき、されば法華経を持つ人は父と母との恩を報ずるなり、我が心には報ずると思はねども此の経の力にて報ずるなり。

【上野殿御消息 1527P】 

日蓮大聖人御書全集全文検索,SOKAnet,https://www.sokanet.jp/kaiin/gosho_search/page.php?n=1527,(引用 2018-12-23)

報恩の話から幹部あいさつが展開される。

なぜ報恩が大事なのか?突き詰めると“報恩”とは“責任”に繋がっていくのである。

三年が間は父母の膝に遊び人となりて仏教を信ずれば先づ此の父と母との恩を報ずべし、とは、具体的に幼子を育てた経験がある人でないと実感しづらいかもしれないが、三年もの間、命を繋いだくれた親に、まずは報恩せよ。

とのことで、これが責任感のない人間にはできない。

 

御書に続けて担当幹部は、担当幹部の信心の先輩の職場での体験を話す。

その先輩を仮にAさんとして、Aさんの職場の社長は、とんでもない人間だった。

従業員のボーナスをダーツで決めてしまうような人物。朝は一番遅く来て、モンハンを一日やって、夜一番に帰る。

Aさんは同僚の愚痴を受け止める役回りを演じるも、そのうちにその社長を心底嫌いになってしまう。

会社は社長がそのような人なので、従業員は薄給。所謂いわゆるブラックである。

人間関係含め仕事でどん底だったAさんが、今では給料が二倍になり、今年(2018年)の年末年始は17連休できる会社に変わったという体験。

何を祈ったか?社長の人間革命、大成長を祈った。今では別人のようになった(祈り始めて4年程度)。

人間が変わったので、会社も変わった。

このAさんは、最初は“社長を祈る”という行為が5秒もできなかった。拒否反応だ。

しかしAさん自身も人間革命をしていく。徐々に。祈れる時間が少しづつ増えるにつれ、六根清浄され、四表の静謐と変わっていった。

結局、会社が悪いといい、社長が悪いといい、恩を感じれないことに最大の問題があった。

報恩なく、祈れない自分が、現状を変えられない原因。転職したところで本質的に自分が変わっていないので、また自分以外のせいにするだけ。

これらも突き詰めると責任感で解決なされる。

会社の経営は自分の責任。会社の役員の質も自分の責任。会社のチームワークも自分の責任。会社の無事故も、福利厚生も、従業員の健康と幸福も自分の責任。

全てに責任感を持てば、祈りの質が変わる。

学会の組織の運営だって同じで、自分が副会長であってその組織の担当に入っているとの責任感を持てば、怨嫉などないのだ。

 

そしてもうひとつ。

退転していく輩、堕ちていく議員、共通点は“忘恩”と“無責任”。

故に、報恩と責任感があれば、絶対に退転しない。

 

人格人徳としても大境涯を開きたいなら、現実的実証としても大境涯を開きたいなら

ひとつひとつの行動に責任感ある人間になれるようにとご祈念帳に是非、追加して頂きたいのです。


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六根清浄(ろっこんしょうじょう)

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六根清浄の意味、以下引用。

六根(眼・耳・鼻・舌・身・意。六つの知覚器官)、すなわち生命の全体が浄化され、本来もっている働きを十分に発揮できること。

教学用語検索,SOKAnet,https://k-dic.sokanet.jp/功徳(くどく)/,(引用 2019-1-27)

 

四表の静謐(しひょうのせいひつ)

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四表の静謐の意味、以下引用。

世の中の平穏、世界の平和のこと。四表とは東西南北の四方のこと。静謐は、穏やかに治まっているさま。「立正安国論」では「汝須く一身の安堵を思わば先ず四表の静謐を禱らん者か」(31㌻)と仰せである。

教学用語検索,SOKAnet,https://k-dic.sokanet.jp/四表の静謐(しひょうのせいひつ)/,(引用 2019-1-27)