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【創価班/黒髪/七三】時代と常識と非常識、創価学会は非常識になってはいけないのではないか?

創価班髪型に疑問を持っていませんか?

本記事では髪型と時代常識について様々な視点から、新しい学会をどうするのか?に迫っていきます。

創価班と黒髪と七三の背景

有名すぎる話でわざわざ言うまでもありませんが、なぜ創価班そうかはんが、というより牙城会がじょうかいや他の人材グループまで、男子部黒髪七三くろかみしちさんなのか?

それが信仰の浅深せんじんと受け取られるのか?と言いますと、一重ひとえ池田先生が、とある黒髪の七三分けの輸送班ゆそうはん員(創価班の前身組織)に対してカッコイイね、すがすがしいね、爽やかだね、と褒め称えたところからたんを発しています。

先生が喜ぶなら、そう言って輸送班員たちから代々、創価班員まで伝統を守り続けているのが、黒髪七三です。

Def Techデフテック西宮佑騎マイクロさんが創価班に入って、ロン毛をバッサリ切って黒髪短髪にしたのも、割りと有名な話ですね。

 

ブラック校則

都立高の頭髪黒染め指導

一部の東京都立高校が、地毛の頭髪でも黒く染めさせる生徒指導をしています。

そのような生徒指導の中止を求める約2万人の署名要望書を都の教育委員会に提出したというニュース。

これは、実際に地毛の黒染め指導を受けた大学1年生の女性(19)ら5人が発起人となって至ったニュースです。

 

要望書には、規定がないままの指導や、受験生に周知されていなかった可能性も含め、学校のHPホームページへの校則掲載を求めています。

この要望を受け、都教育委員会教育指導課の課長は「頭髪を一律に黒染めするような指導は行わない」と明言するに至ります。

 

生まれつき茶色の髪

生まれつき茶色い髪を黒染め強要されたとして、大阪府立高校の3年生だった女子生徒が約220万円の損害賠償を求めて大阪地裁に提訴した事件は記憶に新しいです。

ニュースになっても尚、一部で旧来の対応が継続されている現実

単に権威をかざしたいだけに見えます。

 

心は姿に表れる

色心不二であるゆえに『心』は『姿』に表れる。

ヴィクトル・ユゴーも言っている。「顔色は何よりも心の反映である」と。

一方、姿勢を正せば、心も、しゃんとなり、その分、元気が出てくる。「美しい姿勢」は、体だけでなく、心にも良い影響を与えるのである。

 

王者の品格と風格を

大いなる使命に生きゆくリーダーの皆さんは、どうか、「あの人は、品格があるな。素晴らしいな。王者の風格だな」と慕われるような人になっていただきたい。

創価班指導集・師弟の大城 204P (引用 2019-8-2)

先生はこう言っています。

あくまで姿勢の問題であって、品格風格を欠損しない身なりを先生は弟子に求めているのではないでしょうか?

 

時代の常識と非常識

常識も非常識も政治も法律も、本質は民主主義です。

カッコイイの基準も、かわいいの基準も、すべてはその時代に生きる人間に委ねられています。

例えば2100年の日本で、20歳から40歳の男女の80%が髪を染める時代に、また国際化が進みハーフやクオーターが増え、生まれながらに黒髪でない日本人が15%の時代が仮にあったとします。

黒髪が少数派という時代です。そんな時代がもしあれば、果たして七三分けを爽やかと認識するでしょうか?

その時代の感性は、その時代に生まれてみないと解らないです。

 

あくまで私の主観ですが、現代においてでも既に黒髪七三は受け入れ難いものです。

戦後の発展してきた日本という時代背景に沿った、爽やかでカッコイイという黒髪七三に対しての先生の主観だって、至極真っ当なことであり、同じ時代を生きたなら、私だってそう思うことでしょう

 

学会は非常識になってはいけない

今は過渡期です。黒髪派なのか、多様性主張なのか、どちらが正しいというものではないでしょう。

あくまで先生が言っているのは、黒髪や七三といった形ではなく、姿勢品格風格をもってもらいたい、そういう心の財の側面であると私は信じています。

社会は大きく変わっています。

スケールレベル7までの染髪が大手企業の大概の常識です。

私も某夢の国で就業した際、最初の研修で身だしなみの講義を受けました。やはりスケール7まで可でした。

学会だけがかたくなに杓子定規しゃくしじょうぎで世間の常識から逸脱いつだつしていくのは、そもそも先生の望むところではない気が私はします

『今後の学会は君たちが作っていく』そう託しているからこそ、先生は表に立って細かく発言をしなくなってきたのではないでしょうか?

 

カッコつけるということの陰に潜む闇

人間であっても動物からは離れられません。男女の性別と本能があります。カッコつけるということは、端的に言ってモテたいわけです。それこそ同性に対してさえ、自尊心を保ちたい。

しかし欲求の行きつく先は抜け出すことの困難な依存症が待っています。

4股不倫事件の某元全国男子部長のように、性依存症になってしまう。

仏法は欲求そのものを否定はしません。あくまでバランスが大事であり、姿勢や品格や風格という心の財を放つ為のカッコよさとしていくべきなのではないでしょうか?

 

新しい組織をつくる気概で

広布の戦いは、どんな場所であれ、“新しい組織をつくる”くらいの気持ちでやらないと、結局、惰性で終わってしまう

最高幹部は、何の飾りもなく、裸一貫で、自分に対する甘い根性は全部捨てて、指揮を執らないといけない。

広布のために、勝つか負けるかである。負けない人が同志。勝つ人が地涌の菩薩だ。

初代、二代、三代は、この決心で戦った。真実の学会の魂は、三代までに刻まれている。

創価班指導集・師弟の大城 184P (引用 2019-8-2)

いつだって、新しい時代に合った、新しい組織をつくる想いでやらないと、結局のところ、時代に残された組織が宙ぶらりんとなってしまいます。

変化しないままの組織は、創価班指導集でいうところの惰性なのではないでしょうか?

多様性を受け入れ、かつ非常識にはならず、そして先生の言う心の財を伝統として受け継ぐ、そんな一般世間からも古参の学会員からも広くカッコイイと思ってもらえる創価班になりたい。

 

民主主義です。声をあげなければ変わりません。

あなたはどんな創価班を創りたいですか?