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強迫性障害と社交不安障害の信心での治療法とは?

わたしの経験と確信から述べさせて頂く強迫性障害社交不安障害(以下、二つを総称して強迫観念を呼ぶ)の、信心による治療に関しての考察です。

勿論治療法は多種多様にあると思いますが、ひとつの参考、病気と向き合うきっかけとなれれば幸いです。

また、文章そのものは患者当人にとっては『責められている』印象を受けることがあるかもしれません。

しかし、これは本人の核心をつき、弱点を認知するからこその、現実への挑戦となるので、避けて通れないことなのです。

従って、生半可な『治したい』という気持ちで読んで頂きたくはありません。なかんずく、このまま障害年金をもらって生きていく方が楽かもしれない、と考えているような立ち位置なのであれば、この時点でページを閉じてくださいませ。

あくまで本気で病気を治し、社会で活躍する青写真を求める心があって、読み進めてください。

 

強迫観念とは?

強迫観念は強迫性障害と社交不安障害の総称で、以下の症状例などがあります。

  • 不潔恐怖(自分の不潔に恐怖し、執拗に洗浄してしまう)
  • 確認恐怖(鍵が閉まっているか、ガスが閉まっているか、等に恐怖し、執拗に確認してしまう)
  • 加害恐怖/対人恐怖(自分の存在が相手を怒らせているかもしれないことに恐怖する、また他人に迷惑をかけているかもしれないと恐怖し、人前に出ることができなくなる)

勿論この他に無数の強拍観念が存在します。複数が組み合わさった症状や、本当にその人だけの理解しがたいオリジナルな強迫観念。

様々な症状の出方がありますが、病気になるきっかけには共通のものがあるとみています。それは、

他人のせいで発症している

ということです。どういうことか?

例えば、自分の志望校に入学できなかった人が、いくつかランクの低い学校に行くことになり、その知的でない動物のような生徒たちの様を見て、異様に感じ、学校が怖くなるという強迫観念。

これは何に恐怖しているか?動物のような生徒たちそのものと、同様に動物のような自分(ランクの低い自分)になってしまうかもしれない恐怖です。

この恐怖を打ち消す行動として、帰宅後すぐに風呂に入るという強迫行動(やめられない行動)をしてしまいます。
※本人の中では滝行で身を清めるようなイメージがあったのかもしれません。

もうひとつの例として、とある元自衛官の扱う銃。このロックがきちんとかかっているかどうかという強迫観念。

何に恐怖しているか?歩行中に暴発してしまうんじゃないかという恐怖です。

この恐怖を打ち消すべく、執拗に確認を行います。

また逆の例で、潔癖をやめられない学生がトイレで執拗に洗浄する様を見て別の学生が嫌悪した出来事をきっかけに症状が改善された例もあります。

これらのように、強迫観念は他人や物事をきっかけに発症・改善していきます。

しかし、ここで考えてみましょう。

同じ環境でも発症する人と発症しない人がいます。なぜでしょうか?元々の頭脳の作りが違うのでしょうか?摂取している栄養が違うのでしょうか?

勿論これらの科学的な原因結果もあるでしょう。

しかし、心と体は繋がっています。私は本人の思考にこそ、なかんずく生命のクセそのものにあるのではないか?と考えています。

強迫観念の方はセロトニントランスポーター(神経細胞から 放出されたセロトニンを細胞内に再度取り込む為のタンパク質)が少ないと研究、証明されていますが、それは、生命のクセが折り重なって、そのような思考を繰り返すうちに、細胞レベルで生成数まで変化してきた、ということなのではないかと思うのです。

強迫観念の本質

本人の思考、生命のクセ、これらが病の根本である。と申し上げました。

それではこの生命のクセ、なかんずく強迫観念の本質とはなんなのでしょうか?

強迫観念の本質、それは『自分を守っていること』です。

ありとあらゆる事柄から自分を守りすぎている病なのです。

では、自分を守ってはいけないのか?いえ、そんなことはありません。

ただ、明確に分けるべき部分があるのではないかと。それは、

生命に関わる事柄なら、きちんと自分を守るべき(銃の暴発など)で、生命に関わらない事柄なら、ダメな自分でも受け入れてあげるということです。

強迫観念が環境によってその症状の悪化、改善なされるのは、つまりは自分を守るが故に相手に振り回されているからです。

自分を守ることをやめて、ダメな自分を受け入れてあげてるところに強迫観念は寛解されていくのです。

歳をとると強迫観念がなくなると言われるのも、自分を受け入れられるようになってくるからなのです。

強迫観念の治療法

さて、本題です。治療法にはまず、当然ですが、薬物療法が必要です。

一度物理的に細胞の生成数やその流れ、リズムが正常でなくなってしまっているので、薬でそのリズムを正常に矯正しなければなりません。その上で、本質である『自分を守ってしまう』生命のクセを変化させていく必要があります。

薬でセロトニントランスポーター、あるいはその周辺組織にアプローチして矯正したところで、生命本体が本質を改善しなければ、またセロトニントランスポーターを減少させるように細胞が生成調整をしてしまうでしょう。

ですから必要なのが、認知行動療法や、暴露反応妨害法です。

パブロフの犬はご存知でしょうか?オペラント条件付けのことですが、唾液の分泌量を測定する為、犬のほおに手術で管を通し、ベルを鳴らしてからエサを与える行動を繰り返した結果、ベルを鳴らしただけで唾液を出すようになったという研究。

この逆転で、強迫観念が出ても、強拍行動(恐怖を解消する行動)をしないという繰り返しを施し、オペラント条件付けをしていくというもの。

もはや一度出来上がったオペラント条件をさらに上からオペラント条件で上書きしていくというわけです。

ただ、認知行動療法、暴露反応妨害法、と色々治療法を言いはしましたが、結局、現実の中に飛び込んで『逃げない』というのが最もシンプルな治療です。

例えばバイトを1日3時間やります。色々な『自分を守りたい』場面があるはずです。

怒られたくない、注意されたくない、間違えたくない、迷惑をかけたくない、不潔にしたくない、臭いと思われたくない、変な人と思われたくない、嫌われたくない、もう無数にあるはずです。

それらに直面しながら、自分を受け入れていくことが、自然と認知行動療法、暴露反応妨害法となっていくのです。

少しづつ、職場のランクを上げ、労働時間を増やし、仕事の守備範囲と責任を広げて高めていく、ここから『逃げない』ということが最大の治療なのです。

しかし、辛いですよね。病気の症状も勿論のこと、なにより現実では色んな場面でうちのめされます。どんなに『自分を守ろう』としても守りきれないほど、うちのめされます。世間の同僚というのは、余裕がなく、心の荒んだダークサイドが多かれ少なかれ、大なり小なり、必ずいます。

そんな人間はこちらが障害だ病気だなんて一切関係なく、攻撃してきます。

こういった人たちを、乗り越えなければいけません。

どうやって乗り越えるか?ここで信心が必要なのです。

生命力と知恵の武器で逃げないこと、ここに完治寛解のプロセスがある

お題目(南無妙法蓮華経)を唱えること、それは仏界の湧現です。

仏の生命力と知恵を湧現することでもあり、仏の生命力と知恵を授かることでもあります。

結局のところ、現実から『逃げない』ことが治療の本丸なので、逃げてしまっては治療になりません。

現実にうちのめされて、うつになってはいつまでも治らないのです。

唱題で大生命力を出しましょう。何度打ちのめされても、生命力を出すんです。

元気があればなんでもできる!と猪木さんも言ってますね。

ちなみに
唱題は大生命力を出しますが、生命力をバランスよく調える知恵も備えています。したがって躁鬱病の方は、ハイになりすぎてしまうということはないのでご安心下さい。というよりそもそも生命力をバランスよくしてください、と祈りの的を『バランス』にすればいいのではないかと。

あとは、唱題で知恵を湧現ないし授かりましょう。

困難な現実は祈って考えれば考えるほど、乗り越える為の智慧が湧きます。現実的な対策しかり、自身の捉え方の修正しかり、無数です。

その人にしかできない乗り越え方の智慧が湧くんです。

この生命力と知恵の武器で、現実から逃げずに乗り越えて、完治寛解して社会人として力をつける。

こういった青写真を描こうじゃないですか!

仮にそれができなかったとしても、挑戦しているあなたの方がずっとカッコいいし、潔いですよ!

ていうか、信じ切って祈り切って現実に挑みきれば、間違いなく完治寛解します。本当です。